やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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お子様セット180円
 妻がビーズのパーツを買いたいと言うので、浅草橋まで出かけました。浅草橋界隈は問屋街で、ビーズの小売店がたくさんあります。普通ビーズと言えば「手芸店」に売っているものですが、浦安市のGMSに出店していた手芸店が最近2店舗つぶれてしまいました。従って、我が家ではビーズを買うために浅草橋に出かけます。品物が豊富で、おまけに安い、また街の雰囲気も好きなので、もし近くに手芸店があったとしても浅草橋に通うと思います。

 さて、そんな浅草橋でランチにしようと入ったのが、「日高屋」という中華(ラーメン)のチェーン店。我が家は5人家族なので、4人がけのテーブル席にに椅子を1台付けたして座りました。そして、メニューを見て驚いたのが、お子様ラーメンセット180円というメニューでした。お子様セッ案ト3人分を即決で注文しました。

 お子様セットの内訳は

半ラーメン
オレンジジュース
おもちゃ


というシンプルなものでした。ラーメンが運ばれてくる前は、きっとお茶碗サイズのラーメンに違いないと思っていましたが、意外にもお子様セットにしてはボリュームのある内容でした。わたしたち夫婦は思わず「革命的だ」という表情で目を合わせてしまいました。

 当然のことですが、子供が増えると外食1回にかかる費用が大きくなります。ファミレス等のお子様メニューの単価は安くても500円はするのが普通です。またファミレスのお子様メニューはセットもので、いろいろなおかずがついていますが、子供がすべて食べきったのを私は見たことがありません。

 子供がいると、どこの店に入ろうかと結構悩むものです。「子どもが腰掛けることのできる椅子はあるか」「トータルで高くなりすぎないか」等。悩んでも時間がもったいないので、多くの人がおそらく行きつけのところを決めているはずです。我が家では「回転ずし」です。ただ、都心には回転寿司はありません。したがって、都心に上記のようなお店があると家族連れとしては大変助かります。

CIMG0789.jpg



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スコープマーケティング
 先日野菜ソムリエの講座説明会に参加してきました。講座の説明会を聞きに来ていたのは40人くらいで、9割以上が会社帰りと思われる若い女性でした。野菜ソムリエという資格に対する女性たちの関心の高さを改めて感じました。

 野菜ソムリエの講座では、普段目にする野菜や果物に対して、その由来から、生産流通過程、栄養分、料理の仕方などを学びます。このように学んでいくメリットとして、資格や知識の取得以上に大きいのが野菜果物に対する愛着心が育つことにあるのではないかと思います。普段当たり前のように消耗されていく青果物に愛着を持つことによって、料理や食卓の時間が心の潤いのある場に変わっていき、生活全体が豊かになっていくのではないでしょうか。


青果物への親密性を築くことにより生活を潤いのあるものにしていく


というのが人びとが求めている究極のベネフィット(便益)ではないかと思います。このことは、モノのプロフィールやしくみ、モノの由来から用途までのストーリー性など、今まではただ消費するだけだったモノに対して、スコープを当てて探求していくことにより、モノに対する親密性を築き、モノをただ消費するだけの生活から、モノを楽しんで消費する生活を多くの人が目指す時代になったことを意味しています。

 今、工場見学が女性たちの間でブームになっているようですが、これも上記の原理で説明できます。経済成長が鈍化し、モノが大量にあふれる成熟化した社会において、人びとの関心は「量」よりも「質」の方に大きくシフトしています。言い方を変えれば、未知のものを求めるよりも、既知のものについて詳しい知識、知恵を求めていくということになります。このような人びとのニーズを探り当てるマーケティングを私はスコープマーケティングと名付けたいと思います。(正式なマーケティング用語を知らないので)

 ちなみに、このスコープマーケティングの対極にあるのが、大量消費社会を前提にしたマスマーケティングです。現代においてこのマスマーケティング的発想を象徴するのが上海万博だと思います。各国のパビリオンは、未知なる社会であり、このことは中国が高度経済成長時代にあることを象徴しています。

自由経済活動を否定した社会
 ドラッカーの作品の中でどの作品が最も重要かと問われたらどのように答えるでしょうか。どの作品もそれぞれ個性に満ち溢れているが、わたしは処女作『経済人の終わり』を真っ先に挙げます。なぜなら、この本の中にドラッカーの思想の根本あるいは出発点が書かれているからです。

 今日ドラッカーの本は経営もしくは経済のカテゴリーの中で扱われることが常識になっていますが、ドラッカーの経営理論の本質は経営学、経済学を超えたところにあります。ドラッカーのマネジメント理論は「人間の本性とは」という哲学から出発しており、その点においてマーケティングのコトラー、競争戦略のポーターらの経営学者とは一線を画します。

『経済人の終わり』には自由経済を否定する社会の問題点が指摘されています。自由経済を否定する社会として


①ファシズム全体主義(ナチス)
②マルクス共産主義


が取り上げられ詳しく分析されています。ドラッカーがこの本を執筆したのは1939年で、ヨーロッパではファシズム全体主義が怒涛の勢いで勢力を広げている時でした。ドラッカーはその肉眼でファシズム全体主義とマルクス主義を見つめたのでした。

 ファシズム全体主義もマルクス主義ももともとブルジョア(資産階級)資本主義社会の問題点を克服するために生まれてきました。ドラッカーはブルジョア資本主義社会がもたらす問題として2つの問題を取り上げており、その問題に対して魔物と呼んでいます。

ドラッカーのいう2つの魔物  戦争と失業

 この2つの魔物を克服するために脱自由経済社会理論が生まれてきました。ファシズムも共産主義もヒトラーやマルクスという個人的な感情から生まれたものではなく、社会の矛盾や問題点を解決しようという民衆の心理から出てきたものであると言えます。このことは誰しもがある特殊な状況下に置かれた場合はファシズムや共産主義がめばえる可能性があることを示唆しています。

 なぜ、脱自由主義経済社会は問題なのか、それは人間の本性である「自由」を否定するからです。「自由」を失った人間はその人の持つ価値を全く発揮できなくなってしまいます。「自由」を失った社会は「喜び」や「活力」を失っていきます。ただ個々の「自由」がぶつかったとき、そこには成果(結果)を得る者とそうでない者の格差が生まれるのは避けられないことです。この格差を埋めるものがキリスト教で言うところの「愛」、東洋では「助け合いの心」「情け」と、それに基づく社会政策です。ところが「愛」が薄れた社会では、この社会政策がうまく機能しなくなります。「自由」によって「孤独の淵」に追いやられた人間は、いつしか「自由」を憎むようになります。ファシズムやマルクス主義の出発点はこの「自由を憎む心」にあります。余談ですが、テロも秋葉原の無差別殺人事件もこの「自由を憎む心」が引き金になって起っています。

 ドラッカーはブルジョア資本主義を克服する第3の道としてキリスト教社会の可能性についても取り上げています。ドラッカーはキリスト教に望みを抱いていたようですが、現実経済よりも精神の救いの方に重きを置くキリスト教にも限界を感じてしまいます。


 さて、このようにこの『経済人の終わり』は現代を生き抜く私たちがいまだ解決できていない問題について考えているという点において、極めて重要だと思います。「ドラッカーのドラッカーたる所以」がこの本の中にあります。

ドラッカー名著集9 「経済人」の終わりドラッカー名著集9 「経済人」の終わり
(2007/11/16)
P・F・ドラッカー

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事故処理よりもリスク回避を
 私は車通勤なのであまり電車に乗ることはないのですが、今日は都心で研修があったので久々に電車に乗りました。電車に乗って立っていると車内広告が目につきます。電車の広告は、テレビや新聞の広告とは異なった広告が目立ちます。電車の車内広告は交通広告というカテゴリーに属しますが、都会の電車の車内広告はそれだけで一つの広告カテゴリーとして成り立つような独特の訴求力を持っています。

その特徴を考えてみたいと思います。

①ターゲット
社会人、学生など通勤、通学客


ターゲットが決まれば、おのずと広告内容も決まってきます。

②広告ジャンル
社会人であれば雑誌、キャリアアップ、転職関連、不動産、旅行、イベントなど
学生であれば大学、専門学校の案内、就職イベントなど

 さて、ここまでは容易に想像できますが、ここで電車の車内広告がもつ訴求力について考えてみたいと思います。都会の電車と言えば、朝夕は満員で本を読んだり寝たりしていなければ何となく広告に目線が行ってしまいます。もともとそれほど関心のない事柄でも、目線の対象がそれしかないために内容を読むことになります。そして、それに対して頭の中でいろんなことを想像します。これほど長時間頭の中に滞留する広告は他にはないのではないでしょうか。受動的という点では、テレビの広告も同じですが、テレビの広告は次々と変わっていくので、車内広告はテレビのコマーシャル以上に人間を受動的にする効果があるとも言えます。

 もうひとつの大きな特徴は、車内広告を見るということは、不安定な非日常的な状態で広告を見るということです。家の中、あるいは会社の中という日常とは違った、不特定多数の人たちに囲まれた緊張した状態で広告を見ることは、受け手の感性を過敏に刺激する効果があるのではないかと思います。心のちょっとしたフックに引っかかり、行動を促すのです。


 上記のようなことを考えると、車内の広告の訴求力は大きいのではないかと思います。したがって、車内の広告を見ると、世相というものがよくわかるのではないかと考えます。


 ちなみに、今回電車に乗ってみて気になったのが、借金問題を解決しますという弁護士や司法書士事務所の広告、浮気調査をしますという探偵事務所などの広告です。あくまで私の直感ですが、世相がかなりすさんでいるというのが現実ではないでしょうか。

 人生にはいろいろなトラブルが起こりますが、努力次第で防げるトラブルの方が圧倒的に多いはずです。トラブルの最大の原因は自分自身の感情を理性的にコントロールすることができなくなるところにあります。(ここでは本題から外れるため深入りはしません)したがって、トラブルが増えるということは、心を理性的にコントロール力が弱くなっているか、もしくは理性が守ろうとする規範倫理に対する意識が弱くなっていることを意味します。


 本来は浮気や離婚や多重債務というトラブルは、それが起こる前に防ぐべきです。不思議なことに、これらを防ぐべきリスクマネジメントは教育や道徳でささやかれる程度です。またこれらを防ぐべきリスクマネジメント商売というものがもっと流行ってもいいはずなのに、リスクを冒した後の事故処理商売に比べて驚くほど数が少ないです。商売という点に限っては、リスクを回避させるよりも、リスクを冒させるほうが儲かるのでしょう。おそらく今後しばらくはリスクを冒した後の事故処理型ビジネスが多く出てくるでしょう。






ワークとライフのアイデンティティ
 昨日の研究会では、日本の賃金研究の第1人者である楠田丘先生の講義を聴きました。タイトルは「過去100年間の日本の人材政策とこれからのあり方」でした。楠田先生は87歳ですが、背筋がぴんと伸びていて心がとても若々しい方でした。ご高齢で活躍される姿を見ていると、ドラッガーを髣髴させるものがあります。ちなみに、先生は60歳定年には反対で、「定年は自分の意志で決めるもの」という持論をもたれています。

 楠田先生は賃金については5段階があり、その一番下の土台は年齢給であると言います。今日本の会社ではあまり見られなくなった年齢給ですが、年齢給を重要視する考え方の根本には、人間誰しもが人生において成し遂げるべきライフサイクルビジョンがあります。




人は大人になり結婚して、家庭を築き、子供を生み育てる



この人間の営みとして当たり前のことが、ないがしろにされ経済、仕事が優先されるようになってしまっているのが今の世の中です。残念ながら、現在の日本ではワークライフバランスは仕事のほうに大きく傾いており、ライフの側にある生活、結婚、家庭、教育などは荒廃してしまっている現状です。現在の社会では、ある程度のお金がなければ上記のライフサイクルビジョンを実現させることはできません。

 
 今は生き方が多様な時代と言われています。確かに豊かな社会には多様性は重要でしょう。しかし、結婚や家族、子育てなどの基本はぶれるべきではないと思うのです。結婚や家族、子育てといった人間の生き方の基本の上に、多様性は築かれるべきです。基本を否定することを、多様性や自由と勘違いしている人が多いのが今の世の中ではないでしょうか。

 さて、ワークライフバランスとアイデンティティについて考えてみると、特に男性のアイデンティティは職業によって規定されることが一般的です。職業は所得の源泉ですから、間接的には「お金」によって規定されると考えることもできるでしょう。これは、ワークの方がライフよりも優先されることを意味します。私も、知らず知らずのうちにそのような考え方になっている自分に気がつくきます。「あなたのアイデンティティは何か」と聞かれたら、



やっちゃばに勤めています。


ではなく、


○○な妻の夫です。
3人の子供のパパです。



と自然に言えるようになれたらいいなあと思います。




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