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やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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作業現場の知識労働
 市場というところは、非常に労働集約的なところです。もちろん、IT技術は経営のいたるところに活かされていますが、時間とともに腐っていく青果物を扱うためには、正味、選別、パッケージなどの肉体労働は不可欠です。

 
 製造業のように納期まで十分な時間がないのが、この業界の大変なところです。こなせないような量の仕事も時間内にこなさなければなりません。おそらくほかの業界から転職してきた人はつまずくと思います。私もこの業界に入ってから何度も悩んできたものです。私の会社のスタッフは日本人ばかりですが、日本人の仕事のやり方では仕事が間に合いません。したがって、中国人のいる会社に仕事を依頼しています。


日本人はいかに楽をして時間を稼ぐか
中国人はいかに多く仕事をこなしてお金を稼ぐか


 残念ながら、日本人の仕事のスピードは、中国人の半分です。先日、同じ仕事を並列のラインで行いましたが、私はショックを受けたものです。品質は同じレベルです。責任者としての責任を感じてしまいました。動きを見ていると、中国人の動きには無駄が全くありません。隊列を乱さない軍隊を見ているようです。

 ドラッカーは知識労働について3種類あると述べています。

①仕事の成果が純粋に質で問われる知識労働。研究、編集、放送など
②仕事の成果が質、量ともに問われる知識労働。店員。技師、広範囲にわたる
③その成果が肉体労働と同種の仕事。質は制約条件であり、成果は量のみで問われる。作業的労働


このドラッカーの定義にあてはめると、中国人たちの仕事は肉体労働であるが同時に③の知識労働を果たしていると言えます。日本人が頭から「できっこない」と思う仕事を、こなす中国人は知識労働を同時に行っていることになります。逆に、日本人は文字通りの肉体労働しかしていないことになります。

 今の世の中を見渡してみて、おそらく同じような現象が他の業種でもみられるのではないかと私は予想しています。
激安スーパーの裏側
 夕方の生活バラエティ番組などで何度か紹介されたことのある大阪の激安スーパーの社員が長時間労働により過労死するという事件が生じました。このスーパーでは、月120時間を超える長時間労働が常態となっていたようです。中小企業のスーパーマーケットの労働は、朝早くから夜遅くまで、また休みもほとんどないため、一般的にとてもハードです。給料も労働時間に見合わないというのが現実です。そういったスーパーで大安売りをするということ自体、どこかに大きな負荷をかけない限りは不可能なことだと思います。

 大安売りの背景には必ず犠牲がある

①社員に負荷をかける
長時間労働
サービス残業
労働の負荷に見合わない低賃金

②業者に負荷をかける
赤字での供給
言われなきクレーム
店の手伝い、商品の付属品(サービス)の無償要求

③商品品質に負荷をかける
賞味期限切れ品の使い回し販売
衛生管理のできていない商品の販売
B級品の販売(原価はほぼタダ)


価格で勝負するためには、規模の経済性と範囲の経済性が必要です。小売店の場合は特に規模の経済性が重要です。小売店が新店舗を出し続ける根拠の一つが、この規模の経済性を生かした経営戦略です。ただ、この規模の経済性の効果は「激安」というレベルを満たすことは不可能です。「激安」の背景にあるのは合理性ではなく、非合理性です。


「激安」は経営戦略上「強み」ではなく「リスク」である


政治的解決に譲る
会社で資材の取引先の見直しを行っています。私の目指す資材調達のプライオリティは価格ではなく、ロットと調達リードタイムです。つまり、取引先にはジャストインタイム対応を求めています。

 先月、ある既存取引先に、ジャストインタイム対応ができないなら、それができる業者にチェンジする旨を言い伝えました。この会社の営業マンとは親しく人情的には気が進みませんが、自ら決定した目標・方針を達成するために決断したのでした。

 私の今回の要求は、営業マンレベルで解決できる問題ではなく、経営レベルで動かなければ解決できないものでした。営業マンレベルで解決できないなら管理職レベル、管理職レベルで解決できないなら経営レベルでの対応が必要になります。

 このいずれのレベルにおいても、問題解決の中心は顧客の要求を自社の経営資源をいかしてどのように満たすことができるかというものでなければなりません。ところが、この会社は経営レベルにおいて、顧客ではなく自社の都合を中心とした解決手段を出してきたのです。すなわち、政治的解決手段を用いてきたのでした。詳しいことは言えませんが、「取引をやめれば、お宅に便宜は図らないぞ」という高飛車な対応をしてきたのです。

 このような対応を取られると、顧客の立場からすると悪い印象しか持ちません。情けである程度の資材についてはそこの会社のために残しておこうと考えていたのでしたが、そのような気もなくなってしまいました。

 ただ、会社における取引の中では、譲歩も必要です。私は熱くなってしまいしたが、ここでの取引はあくまでも、私対取引先の会社ではなく、私の勤務する会社対取引先の会社です。そもそも会社対会社の関係はドライなもの、個人の強い感情が入るのはあまり良いことだと思いません。大人になって一歩引いてみて考えることが、長い眼で見ればよいのではないかと思います。

無題
中小企業の組織レベル構造

セブンイレブンの廃棄ロス問題について
 セブンイレブンのFC(フランチャイズ)加盟店が消費期限の迫った弁当などを見切り販売することに、フランチャイザーのセブン-イレブン・ジャパンが制限を加えようとしたことに対して、公正取引員会から独禁法違反の疑いを指摘された件について。本日、セブン-イレブンジャパンは期限切れ食品原価の15%を本部で負担すること決定しました。

 素早い決定に私は少し驚きを感じました。おそらく、フランチャイジーの経営の悪化と不満がこれ以上大きくなると、セブンイレブンの収益とブランドの低下を大きく招くと判断したためでしょう。おそらく食品廃棄の問題はブラックボックスになっていたのではないでしょうか。それが、今回の公正取引委員会の指摘で明るみに出たということです。食品廃棄の問題は食糧難に逆行するという人道的な問題でもあり、本部からすれば、世の中に明らかにされたくない実態を世の中にさらされたようなものです。

 今回の問題は現在のビジネスの次のような問題を改めて提起しています。

①フランチャイザーとフランチャイジーの格差問題
②経営と廃棄ロスの問題


①について。フランチャイズビジネスは本部(フランチャイザー)が加盟店(フランチャイジー)に営業権や経営ノウハウを提供し、加盟店(フランチャイジー)からロイヤルティーの支払いを受けるビジネスモデルです。セブンイレブンの加盟店は総利益の43%をロイヤルティーを本部に支払っています。

 フランチャイズビジネスは知的財産権ビジネスの一種で、俗な言い方をすると「他人に働いてもらって儲ける」ビジネスです。実際に、モノやヒトが動くわけではないので労働の負荷はフランチャイザーとフランチャイジーでは大きな格差があります。私の近所の何店舗かのコンビニエンスストアを見ても、昼も夜もオーナーがレジに立っているのをよく見かけます。「バイトを雇うとやっていけない」というのが彼らの言い分です。

 食品の廃棄ロスの問題は彼らの収益を圧迫します。このロスに対して本部が知らん顔ではまさに泣きっ面に蜂といったところでしょう。ただ、ロイヤルティーの名目が指導料ならば、損益に対しては責任を持つのが筋ではないかと思います。両者の関係は、雇用関係ではなく、業務委託関係です。雇用関係では労働者は労働法によって保護されますが、業務委託関係はもっとドライな関係です。戦争でいえば、本陣と将軍の家紋をつけた鉢巻をまいた兵士の関係でしょうか。フランチャイジーと痛みを共にするフランチャイザーの在り方が問われてくると思います。

②について。本部側は今回、見切り品の販売について、ブランドイメージの低下と価格競争を回避するために制限しようとしました。これには一理があります。コンビニが価格競争に巻き込まれてしまったら、コンビニの経営自体が厳しくなるからです。食品廃棄ロスは改善できても、全体の収益が悪化してしまう可能性があります。「木を見て森を見ず」とでも言ったらいいでしょうか。したがって、今回FC本部も廃棄ロスのコストは負担するが、見切り販売は認めないという姿勢をとっているのが印象的です。

 豊作貧乏という言葉があります。野菜が取れすぎると、価格を維持するために畑で過剰な野菜を廃棄してしまうのです。「もったいない」ことですが、市場経済の下で、利益よりも「もったいない」という道徳を優先してしまうと、もっと利益が小さくなりサプライヤーの生活を圧迫することになってしまうのです。食品廃棄ロスの問題もこのしくみと同じです。

経営と道徳(人道)の間で揺れる食品廃棄ロスの問題

 この問題は青果市場で働く私からすれば極めて身近な問題です。夏になると本当に多くの青果物がスーパーから返品されてきます。「もったいない」と思うのですが、これらは廃棄されていきます。会社では人道上よりも経営上の選択が優先されます。これは、食品を扱う産業に携わる者の宿命とでも言えるのでしょうか。今後この2つの問題をもっとうまく妥協させることのできるアイデア、システムができることを期待します
労務とは
 昨日の「農業仕組み研究会」では、ドラッカーの『マネジメント』から、「人間と仕事」についての考察が行われました。この章でドラッカーは

仕事・・・機能性、生産性、効率性を追求するもの
労働・・・人間性を追求するもの


という定義をしています。言葉を変えれば、仕事は企業が働き手に求めるもの、労働は働き手が企業に求めるものとも言えるでしょう。この2つを企業内の組織カテゴリーで見るならば、

仕事・・・人事分野
労働・・・労務分野

ということになります。ドラッカーによるとこの労働には5つの次元があるといいます。

①生理的な次元 労働の多様性
②心理的な次元 自己実現
③社会的な次元 社会との絆
④経済的な次元 生計の資
⑤政治的な次元 権力の行使


ドラッカーのいうように労務=労働=人間(の本性)ならば、労務とは本当に広い分野をさすことになります。普通「労務」という言葉からは、労働法や雇用法などをイメージします。つまり、労務という言葉を狭義の意味でとらえてしまっていることになります。

「労務」=人という観点から考えてみたいと思いました。