やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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規制とセフティネット
 千葉大学の女子学生が殺害されるという事件が起こりました。マスコミでは「なぜあんないい子が殺されないといけないの」「犯人が許せない」とお決まりのパターンの報道がされています。もちろん、殺人は絶対に許されるべきものでありませんが、この報道の背後にある殺人の遠因となった女子学生のキャバクラでのアルバイトに対する問題性について誰も触れようとしないことに疑念を抱きます。

 似たような事件に、押尾学事件があります。亡くなったホステスの女性は違法な麻薬を常用していました。本来ならば、逮捕されるべき立場です。ところが、亡くなってしまったため、被害者としての立場でしか見られなくなってしまっているのです。

 キャバクラと麻薬が同じレベルの問題であるというつもりはありませんが、両者ともに共通するのが、男女関係の問題が起こりやすい環境であり、こういったシチュエーションで生じる「愛」のない男女関係は刹那的で、殺傷事件に発展する危険性が大きいということです。

 「君子危うきには近寄らず」ということわざがありますが、自らリスクの高い行動に出て、リスクに遭うということに対しての責任の大切さをもっと学ぶべきだと思います。今の世の中を見まわしてみると、人間関係における事故を避けるためのルールや規制は少ないが、事故が起こった後のセフティネット(保護)はほどほどあるのではないかと思います。


ここでいう事故とはできちゃった結婚(あえて並べました)DV、虐待、離婚、殺傷事件などのことです。


男女関係や家族関係はプライベートなことなので、当事者たちの自由、自己責任を尊重すべきということで、そこに掛ける規制はほとんどありません。


あるのは心の規制だけです


ところが、この心の中の規制は簡単に崩れ去ってしまう世の中になってしまっているようです。保護段階では遅いのです。大切なものを失わないようにするためには「規制」(「規範」といった方が適切かも)が絶対に必要です。

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貧困率について
 日本の貧困率が15.7%という調査の結果が厚生労働省より発表されました。ちなみにこの場合の貧困率は相対的貧困率で

日本の各世帯の所得の中央値(メジアン)の半分以下の所得の世帯の割合

ということになります。簡単に言えば所得が普通の家庭の半分以下の家庭の割合です。

この割合は高いのか低いのか。OECD各国の中では4番目に高いので他国との相対的な比較では高いと言えます。一方、日本のGDPの高さを考えると、飢えるような貧困はないのでそれほど深刻ではないとも言えます。

ところで、この問題をめぐっては有識者が様々な論を展開していますが、バランスのとれたものから結構偏った論まであります。特に目立つのが、

①貧困の問題は社会しいては政治の問題。強者が弱者から搾取している。
②貧困には我関せず。それは本人の問題。とにかく儲けて自分たちは優雅な生活を送ろう。


私はその中間といったところでしょうか。おそらく、平凡な中流家庭の人は私のような考えの人が多いのではないかと思います。

自分の身を守りながら、社会にも働きかけていく

という意識が働くのでしょう。

ところで、貧困の問題に限らず、人は自分の立場を守ろうとする自己防衛意識が自然に働きます。すなわち、自分の立場を肯定する発言や考え方を知らず知らずのうちにしてしまうのです。

上記の例で言えば、所得が少ない人や、ハンディを負った人は、社会、政治を変えてほしいと考えやるでしょうし、お金持ちの人は、今の豊かな生活を揺るがすようなことはしたくないので、貧困問題に対しては見て見ぬふりをするかもしれません。私は識者のコメントや著書を読むとき、プロフィールにこだわります。なぜなら、

その人の論には、必ずその人の立場を有利(あるいは正当化)にしようとする動機

が無意識のうちに働くと考えているからです。例えば、結婚しているのかしていないのか、子供はいるのかいないのか、何年生まれか、何をしてきた人か。結婚や子どもについては、プライバシーだからということで表に出てきませんが、この点はとても重要だと私は考えます。

人格は家庭の中で形成される

と思うからです。貧困の問題は社会保障政策の分野です。この分野を経営していくためにはバランスのとれた人格が必要です。絶対的に正しいモデルが存在しない現在においては、このバランス感覚こそが最も重要なのではないかと思います。
コミュニケーション・キャピタル
 ここのところ、近所の知り合いの方から様々な差し入れをいただいています。我が家でも、ささやかな差し入れを行ってきましたが、モノを縁にして実に多くの方々と付き合いが生まれてきました。とても深い関係になった家庭、それほどでもない家庭と様々です。

 単なる近所づきあいと言ってしまえばそれまでですが、仕事と利害関係のない人たちとのつきあいというのは、意外と大きな財産(キャピタル)ではないかと思ったりします。ここのところ、孤独死が問題になっていますが、地域コミュニティとのかかわりの重要さを実感します。このコミュニティとのかかわりは最後のセフティネットになるのではないでしょうか。

不確実性時代を生き抜くセフティネット

①自衛的セフティネット
競争に勝つこと。勝ち組になること。簡単にいえば、収入アップ。具体的な行動としては、投資、自己投資。

②政策的セフティネット
個人的な成功よりも社会的な政策の充実を望む。①が経営的解決策なら、②は政治的解決策。

③コミュニティ的セフティネット
①ほどミクロ視点ではないが、②ほどマクロ視点でもない。相互扶助とでも言ったらいいでしょうか。

マスコミや出版を見ていると、ほとんどが①か②のものです。③は目新しさがない、言わば当たり前のことですが、①や②ばかりを見つめるあまり忘れ去られているような気がします。
夫婦別姓に関して
 政府は、夫婦が別々の姓を名乗ることを認める選択的夫婦別姓を導入する方針を固めた。(中略)しかし、別姓を選んだ夫婦の子の姓に関しては、法務省案が「複数の子の姓は統一する」としているのに対し、民主党などの案は子の出生ごとに決めるとしており、今後調整する。千葉法相は17日の就任会見で、夫婦別姓導入に前向きな考えを示した。 (読売新聞)

 新政府が誕生して1カ月もたたないうちにやはりこの法案が出てきました。社民党の福島党首は夫婦別姓論者の急先鋒です。連立政権のいる間に一気にレバレッジをかけて出てきたといった感じです。まるで、ROE(純資産当期純利益率)戦略を見るようです。

他人資本・・・民主党議員(左派は除く)
自己資本・・・社民党議員
ROE・・・利益(法案実現という果実)



話がそれましたが、私は今の時代において、上記の夫婦別姓導入することについては反対です。なぜなら、メリットよりもデメリットの方が大きいと思うからです。別の言い方をすると、

メリットを受ける人よりも、デメリットを受ける人の方が多い

ということになります。結婚の相対化、教育の低下など、家族、教育、福祉の分野においては、今多くの問題が山積みの状態です。そのような状況の中にあって、上記のような夫婦別姓制度を導入することに何のメリットがあるのでしょうか。火に油を注ぐようなものです。

次の2つのポイントが私の反対する根拠です。

①結婚の相対化がますます進むから
結婚しない人が増えていると同時に、結婚した人の実に4分の1ができちゃった結婚です。この現象を見ると、結婚は果たして敷居が高いのか、それとも低いのかよくわからなくなります。が、人生における結婚という絶対的な位置が薄くなっているということは間違いない事実です。今婚活ブームですが、婚活と就職活動を同じ次元でとらえることは間違いです。

結婚は人生における重要な儀式であり、夫婦とは特別な関係

であり、姓を一致させることは夫婦という新しい立場で生きていく一つの証として大きな意味を持ちます。このようなメリットをあえて否定することは、結婚は特別なものという意識とは反対の方向、つまり結婚は自由という結婚相対化の方に意識が流れやすくなることが考えられます。簡単にいえば、離婚が増える可能性が高くなるということです。

②子供にとってマイナス
子供がどちらの姓をとるのか自由に選択できるというのは、意味のないことです。子供は親を選べないから、親子という何事にも変えることのできない価値があるのです。子供にとって、父と母は分けて考えることができない存在です。子供に本来悩まなくてもいいことを悩ませることになります。


今回の選挙の最大の関心は、社会保障、福祉分野でした。社会保障、福祉分野のマニュフェストの中でこの夫婦別姓制度だけは、負のベクトルを持っています。個人の自由を何よりも優先させる一部の人たちが叫んでいることを全体の意見としてとらえることには注意が必要です。そもそもまともな家庭を築いている人は、このようなことは拳を振り上げて主張しないものです。





厳しい新聞店
 10年近く親しくしている新聞販売店の女性が久々に訪問してきました。新聞は読まないので、たまに短期間だけというスタンスでおつきあいしてきました。ここのところはずっと取っていませんでしたが、今回3ヶ月だけ購読することにしました。

 ここのところ、ネットでニュースを見ることが多くなっていますが、一般紙の配信するニュースは、どれも似たりよったりの感じが否めません。あえてその情報源の新聞をわざわざ読みたいという気持ちがまったく起こりませんでした。

 新聞そのものよりも、新聞店の人のほうに魅力を感じます。彼女は浦安でもう10年以上この仕事をしています。街の情報や、世相などをとても詳しく把握しています。彼女と話をしていると、街の空気というものを肌で実感することができます。つまり、新聞販売の営業以上の価値があるわけです。

 人々のコミュニティの場が少なくなる時代、地元密着の営業の人の果たす役割は大きい

 ちなみに新聞の販売実績の方は、不況ということもあって厳しいようです。おそらく全国的にそうでしょう。新たな新聞販売店の社会的な価値を見出し経営に生かしていくことが必要でしょう。

無題





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