やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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ブランド価値を守る
 先日あるやっちゃばの知り合いから大量の宮崎マンゴーを頂いたのですが、触ってみると熟しすぎていて柔らかくなっていました。宮崎マンゴーは東国原知事のPRもあってかブランドイメージも向上し、スーパーでは1コ2000円程度で売られる高額商品となっています。それと同じマンゴーなのですが、柔らかくなってしまうと商品価値を失ってしまうのです。

 家に持って帰って食べてみましたが、味に遜色はなく、ジュース用に考えるとちょうどいい感じです。会社としては大きなロスなので、何とか販売できないものかと考えてみましたが、逆に販売しない方が販売戦略全体から見ると正解ではないかという結論に達しました。なぜなら、B品を販売することによってブランド価値が低下するおそれがあるからです。

 八百屋さんは、ロスを出さないようにするために売れ残った商品や、B品は売価を下げて完売するようにするのですが、それらは単価の低い商品でこそ効果が現れます。逆にブランド品の売れ残りや、B品をディスカウントして販売するとします。そうすれば完全ロスをなくすことは出来ると思いますが、逆にお客さんに高価なブランド品も安く手に入れることができるという思いを抱かせてしまいます。お客さんから見れば特な話ですが、一度安く手に入れたお客さんは、正規の値段で品質のいいブランド品を買おうとは思わないものです。もしかして誰もがマンゴーが柔らかくなるまで買わずに待っている状態が生じるかも知れません。したがって、ブランド品のB品は売価を下げてストレートに売るのではなく、販促用にカットするとか、ジュースにする、または、業務筋に売るなどの工夫が必要だと思います。

 この間、テレビ番組で「夕張メロン」誕生の物語を放送していましたが、夕張メロン生みの親の方の言葉「青果物は芸術品ではなく商品である。品質にバラツキがあってはならない。品質を守るため、お客様には産地直送でお届けします。」が印象に残りました。ブランド価値を築き、守るためには妥協のない努力が必要です。
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現場で
 こなしきれないほどの多くの仕事を裁くのは本当に大変です。こんなの不可能だと思うこともよくあるのですが、「できない」と断る前に、どうやったら出来るかと、可能性のある限り考えるようにしています。私は人がいいので、仕事を間単に受けてしまうところがあり、「受けてしまった。どうしよう。」とあらゆる方策を考えるパターンになるのがほとんどなのですが・・・・。

 今日もなかなかハードな1日でした。今の時間まで朝から現場が稼働していました。こんな遅くまで働いてくれるパートのみなさんに感謝です。私が仕事を受けなければこんなに遅い時間まで働かせなくて済んだのに・・・・。乃木大将の部隊ように何度も正面突破をはかろうとして討ち死にする。そんなイメージが浮かんでしまいます。

 ただ、ひとつ。仕事でもなんでも積極的に受け止めてチャレンジすることによって、自らの負荷能力現場対応能力が大きくなると思っているので「できません」「いやです」とは簡単に言いたくないのですが、現場を疲労させたくもありません。現場のメンバー以上に肩に重いものを背負いながらも、決断しなければなりません。この力がどこでも通用する力と信じながら。
中国産キャンペーンでもやったらどうか
 ここのところ、食品の表示偽装が次々と発覚しています。生鮮食品を扱うものとして、「他山の石」と捉え身を引き締めなければと思いますこれらの事件に共通しているのは、どの事件もトップの指示で偽装を行っていることです。生鮮食品の会社であるならば、産地の誤表示などはペナルティの可能性があるので、社員には正しく表示をする教育がなされていることでしょう。現場のオペレーションでは材料を正しく認識して正しく製品を作るしくみができているはずです。ところが、トップ自らがオペレーションのルールを恣意的に壊してしまったのです。

 生鮮食品業は、短期に、あるいはコンスタントに売上を上げることが出来るメリットがありますが、逆にロスを生みやすいデメリットがあります。不良在庫=廃棄ロスといっても過言ではありません。短時間決戦で勝たなければいけないのですつまり、回転率を上げて廃棄ロスを少なくすることが生鮮食品業の勝利の方程式なのです。

 経営者であれば、誰よりも不良在庫に目を光らせていることでしょう。その重みに耐えられなくなり、自ら作ったルールを自らの手で壊してしまったのでしょうか。これらの事件のもうひとつの共通点が偽装の指示を出したトップに反省の姿勢が見られないことがあります。「偽装の何が悪い。おいしいものを安く売っているのに何が悪い」とでも言わんばかりです。もちろん会社の死活問題もかかっていて背に腹を変えられなかったのかもしれませんが、JAS法を犯さずに会社を守る方法はあったはずです。自然のものなのでイレギュラーは当たり前です。本来の規格に合わないのなら、正直に話して小売業者、消費者に納得してもらう努力が必要です。

 さて、JAS法は食品業者として絶対的な姿勢で臨む必要があるのですが、ここのところの生鮮食品業界の不正を見て、少し同情する気持ちがあります。特に、中国の毒入り餃子問題は様々な食品会社にダメージを与えている点で深刻です。先回ブログで述べましたが、このダメージへのマスコミの責任は重大です。この事件はどう考えても人為的としか言いようのないものですが、大げさな報道がいつの間にか中国食品=危険物というイメージを消費者の頭に植え付けてしまったのです。マスコミの世論を作り上げる力は強力です。したがって、報道する姿勢も本当に罪のない食品会社が巻き添えを食らわないように細心の注意が必要です。

 今回のウナギ事件も、魚秀の社長は「中国産だから売れないと思って偽装した」と述べていますが、このコメントの背後には中国産食品に対する消費者の厳しい評価があることは否定できないと思います。中国は大地震、大洪水とまさに壊滅的な大被害を被りました。多くの日本人が中国に義援金を送り、現地で義援活動する日本人を応援しました。マスコミも「協力お願いします」と大々的に放送しましたところが、「中国のために中国食品をたくさん買って中国を援助しましょう」と言う人は不思議なことに一人もいません義援金などはボランティアなので効果に限りがありますが、食品で買うのであれば誰でも簡単に貢献できるはずです。今回のウナギも「中国のウナギを買って、中国を助けよう」とキャンペーンをうてば、思わぬ効果があったかも知れないのです。劣勢にあっても、不正でしのぐのではなく、正々堂々と真実で訴えていけば道は開けるということを信じて行動したいものです。
引越し
 今日は休日でしたが、事務所のレイアウトを変えるため、午前中は会社に行っていました。取引先のオフィスサービスの社長にお願いして2人で備品を運んだり、配線を組みなおしたりしました。小さな事務所ですが2人でするのは結構大変でした。

 私は○○長という立場で、部長と課長のような立場にあるのですが、事務所の使い方などを決める裁量権があるので、引越し作業も苦になりませんでした。会社員という立場なので、自分が心から好きな業務をしているわけではありませんが、裁量権を与えられるということは、業種を越えてある共通のやりがい、モチベーションアップのようなものを持たせる効果があるようです。引越しで真っ黒になりましたが、無給で休日の日に引越しを頼まれたら普通の社員ならいやな気持ちになるでしょう。

 さて、先日の『はじめての課長の教科書』で、課長は起業家の立場と同じだと酒井さんは書いていましたが、私はそのことを実感しています。会社というバックアップがあるかないかが大きな違いでもありますが、逆にそこのところを乗り越えれば起業家として成功する確率も高くなるのではと思うのです。

 最後に、H社長さん今日はありがとうございました。
時間とお金
 会社で派遣社員を使うようになって、時間が経ちますが、作業着(エプロン)の洗濯をどうするかということで、役員と意見が合いませんでした。ちなみに派遣社員は毎日入れ替わるので、作業着の使用者を特定することが出来ません。私は会社が負担すべきだと主張しましたが、役員は「何でも会社が負担するのはどうか。経費を少しでも削って利益を大きくして賞与を多くもらった方がいいだろう。納得できないのなら私が洗濯してきてもいい」という答えが返ってきました。この話を聞いて、イエスかノーか意見が分かれると思いますが、私はこの考え方は少し危険だと思っています。


 個人経営の会社なら、社長が会社の経費を自分で持つということはあってもいいことだと思いますが、ある程度の規模の会社での社長以外の役員の上記のような発想は、「利益を上げるために、個人で経費あるいは労働時間を負担する」という考え方につながるように思うのです。利益が出た分、会社が還元してくれたとしても、すっきりしないのではないでしょうか?

 
 ちょっとおおげさな例えになりますが、お金で報いるから、長時間の残業、休日労働をしてくださいというのと同じように感じるのです。労働基準法で時間外は2割5分増以上、休日は3割5分増以上と定められていますが、もし、妻の誕生日、子供の誕生日のお祝いが残業によってできなかったら、その時間はいくらの価格をつければいいでしょうか?


 話が飛躍したかも知れませんが、会社で負担できる経費あるいはリスクは会社で素直に負担すべきだと思います。大きな問題は小さな問題の延長線上に、重要な発想は普段の発想の延長線上にあると思うのです。企業の風土や組織文化というのも小さな普段の考え方が堆積してできるものです。企業の中で古い人であればあるほど堆積物が大きいのですが、堆積物に気付かないものです。

ブログの社会性
 秋葉原事件以降ブログや掲示板に犯行を予告したものが逮捕されたり、司法修習生が守秘義務がある実習での取り調べ内容をブログに書き込んで問題となったり、ここのところブログの社会性といったものについて考えさせらます。


 誰もがブログに簡単に自由に書き込める時代ですが、ブログは不特定多数の人の目に触れるメディアであり、そのため公共性を有するものだと思います。多くの読者がいる人気ブログも、全く読者のいないブログも不特定多数の人が目にすることができるという点では同じです。私的な日記のつもりでブログを書いていても、書き込まれた内容は公の内容となってしまうのです。例えば心の中で「殺してやりたい」と思ったことを、ブログに書けばそれが犯罪になる可能性があります。また、間違った記述をしてしまえば、厳しい目で見られることもあるのではないでしょうか。


 私もこのブログをあえて成長日記として、思いを伝えますとあいまいにしています。無名人のブログだから間違えがあっても許されるという心の甘えのようなものを持っていることを否定できません。が、問題が起これば責任も問われるだろうと思います。「ブログだから」、「個人的な意見だから」と許してくれる人ばかりではありません。身の引き締まる思いです。
セブン&アイの農業参入に思う
 流通最大手のセブン&アイ・ホールディングスが農業に参入することが19日、わかった。8月にも千葉県内で農家と共同で農業生産法人を設立。同様の法人を今後3年で国内10カ所に拡大する計画だ。生産した野菜は傘下のイトーヨーカ堂で販売し、中国産ギョーザ中毒事件などで高まる消費者の安全・安心志向に対応する。すでに居酒屋チェーンのワタミなどが農業に参入しているが、小売りの本格参入は珍しい。以上産経新聞より

 農産物の流通に関して、小売業者が産地と契約を結んで直入するというやり方は今までにもありましたが、農業生産法人を作って経営に乗り出すというのは初めてではないでしょうか?今、農産物や農業、小売業を取り巻く環境は複雑化しています。 その環境はどちらかというとマイナス的なものが多いです。
①国内の自給率が40パーセントを切っている
②農薬の問題など食の安心安全の高まり
③中国の災害
④肥料の高騰
⑤農家の後継者不足
⑥小売業の頭打ち

等がありますが、日本の農産物の必要性が高まっていることは間違いない事実です。ただ需要が大きいから農業は儲かると簡単に言い切ることができないのが農業の難しいところです。他の産業と較べて投資効率は決して良いとは言えません。リスクも大きいです。その要因として、

①天候に左右される
②農産物の良し悪しは土壌で決まる(日本の土壌は肥えていない。耕地面積が小さい)
③肥料など輸入に頼っている
④豊作貧乏になる可能性(価格の下落)


等があります。したがって、農業に参入すると言うことは半分社会的使命のようなものが必要です。そういう意味では、セブン&アイの農業参入は評価されるものだと思っています。

人事は必要悪か?
 昨晩、人財開発の研究会に参加しましたが、その中に人事マンとして参加されている方がいました。その方は、「会社で人事のことをいつも考えていますが、考えれば考えるほどどれが正解なのかわからなくなる」というようなことを言っていました。

 規則やルールといったものは属する組織や集団が大きくなれば大きくなるほど、多く必要になってきます。個人から、家庭、会社と属する集団が大きくなるほど、自由に動けなくなります。なぜそうなるのか、それは集団に属する個々の利害が異なるからです。人間関係が利害を超えたもの、例えば「家族愛」のようなものがあれば、それで利害の対立を包むことが出来るかも知れませんが、集団が大きくなれば所詮他人同士の関係です。そこでは利害の対立がもろ出しになります。規則やルールがなければ収拾することが出来ません。

 NHKの教育子供番組に「ピタゴラスイッチ」というのがあります。その中に「僕のお父さん」という歌があります。歌詞の内容は正確に覚えていませんが「お父さん、お父さん、僕のお父さん、会社に行った課長さん、歯医者に行ったら患者さん、英会話学校に行ったら生徒さん、電車に乗ったら通勤客」(順番は多分合っていません)というような内容です。子供から見たらかけがいのないお父さんも、集団の中では集団を構成する一員にすぎません。ある意味、とてもドライに見えるかも知れません。お父さんがどんなにプラモデル作りが上手でも、「課長」「患者」「通勤客」という立場ではそんなことは一切関係ないのです。

 さて、話がちょっと飛躍したかも知れませんが、特定多数あるいは不特定多数の集団の中では、集団の中の個を上記のように割り切ってとらえる必要があります。手も足もすぱっと切って、升目の中に入れなければなりません。そうしなければ、組織、集団そのものが成り立たなかったり、その運営がうまくいかなくなったりしてしまいます。

 話が元に戻りますが、人間のいろいろな可能性を考えると、「この人はこうだ」と言い切ることは難しいのです。人間の可能性を説明する話として有名な「ジョハリの窓」があります。それによると、自分という存在を4つの領域から見ることができると言います。

①自分も周囲も知っている「自分」
②自分は知らないが周囲は知っている「自分」
③自分は知っているが周囲は知らない「自分」
④自分も周囲も知らない「自分」


 先ほどの組織人事ですが、確かに個人に対しての見方は限界があるので、適材適所の人材配置や、個人間の評価を絶対的に納得のいくものにすることは難しいと思います。規則とルールがなければある意味もっといい結果が出るかも知れませんが、それは非常に不安定な状態で、道路交通法がないようなものです。事故、衝突がないようにするためには規則とルールがどうしても必要です。個人はそのことを納得して受け入れるマインドコントロールが必要です。先ほどの④自分も周囲も知らない「自分」を開花する可能性だってあるのです。
日雇派遣禁止に関して
 桝添厚生労働大臣が昨日、日雇い派遣を禁止する方向を表明しました。前にもブログに書きましたが、私はこれに賛成しかねます。私は派遣社員を使用する立場であり、ステークホルダーの立場にあります。当然、日雇い派遣が使えないとなると困ります。困るから反対だと思ってもらってもかまいませんが、もう少し冷静にこの問題を見つめる必要があるのではないかと思っています。

 日雇い派遣廃止論の根拠に「日雇い派遣がワーキングプアの温床になっている」と「違法派遣につながりかねない」というものがありますが、これは非常に現実から飛躍した考え方であり、抽象的もっと言えば根拠のはっきりしない考え方です。つい先日の秋葉原の事件の犯人が派遣労働者だったので、日雇い派遣は悪だと言っているようにも聞こえます。

 この日雇派遣廃止論はグッドウィルグループの違法派遣が引き金になっていますが、グッドウィルグループの問題は

①派遣法で禁止されている港湾業務に派遣していたこと
②二重派遣をしていたこと


の2点にあります。この2点の取り締まりを強化すれば済むところを、いきなり日雇派遣そのものを廃止というのはちょっと無理がありすぎるような気がします。この問題はそもそも労働基準法や労働者派遣法が守られていないことにあるはずです。自動車事故が起こらないようにするために、道路交通法があるのですが、自動車事故が起こるから、自動車を運転するなと言っているのと同じような詭弁に感じます。

 派遣労働者は強いられて派遣労働者としてはたらいているわけではないようです。彼らが日雇い派遣で働く理由として
①自分の都合のよいとき働ける
②正社員に決まるまでのつなぎとして便利
③賃金を日払いでもらえる

などがあり、労働者自らが自らの意志で、メリットを感じながら働いていることがわかります。

実際、日雇い派遣が禁止になると、困るのは企業よりも、むしろ日雇い派遣で生計を立てている労働者でしょう。政府は代替案を示せるのでしょうか?逆に雇用状況が悪化する可能性が高いです。また、職業選択の自由という観点からも問題があるように思います。

 最後に、ワーキングプアについて。ワーキングプアの最大の問題点は、企業や社会環境にあるのではなく、個人の心の持ち方だと思います。社会保障制度も大切ですが、自分の身は自分で何とかするといった自助の精神が必要です。そのためには、自立した心を養う、教育が重要です。自立できない大人が家庭を持っても、子供をうまく教育できないのです。その子供が大人になり・・・。負の世代間サイクルが延々と続いていくのです。家庭の負の影響を断ち切るのは困難ですが、そこを補うのが学校教育やその他の教育です。今日はこの辺で打ち切りますが、根本的なものを忘れたうわべだけの改革では何も変わらないと思います。

 
はじめての課長の教科書
 私はサラリーマンとして、今まさに課長と部長を兼ねたような立場にいますが、そのような立場にある者がぜひ読んでみたいのが、酒井穣さんの「はじめての課長の教科書」です。

 酒井さんは、日本企業の強さは中間管理職の優れた存在にあると言います。アメリカからきた経営学や人材マネジメント論などは中間管理職を逆に不要と見るので、日本企業にはなじまないのではないかというのです。確かに今ある経営学はアメリカから輸入されたもので、様々な学者や経営者が日本流にカスタマイズしていますが、中間管理職の戦略的重要性は盲点になっていた気がします。私も診断士の企業経営理論を学びながら、組織人事の分野はアメリカから輸入された内容が多いなあと思ったものです。

 課長の立場は、経営者と現場をつなぐ結節点であり、経営と現場の両方の「考えや知識」「経験」をもっともバランスよく保有する立場です。まさに前線隊長であり、ある意味では小さい会社の社長のような立場です。経営も現場も両方出来るのが小さい会社の社長です。私もまさにこれにぴったりのポジションなので「然り」と叫びそうになります。

はじめての課長の教科書はじめての課長の教科書
(2008/02/13)
酒井穣

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 さて、著者の酒井さんですが、どのような人か全く知らなかったのでブログをのぞいてみました。ブログには経営や家庭、社会のことなどが書かれていたのですが、本当にすばらしいブログで、私が目指しているブログのモデルのお手本のような内容でした。経営やビジネスのことだけに触れているブログは本当に多いのですが、「経営」と「家族(家庭)」、「社会」、「文化」などを有機的なつながりを持って書いているブログは少ないのではないでしょうか?どのカテゴリーでも一流の内容ですが、その中でも「経営学」のボリュームと内容は際だっています。このブログを読んで出版社が酒井さんに目を付けたのではないかと私は思いました。

酒井さんのブログ「NED-WLT

 さて、ブログから、酒井さんは私と同じ1972年生まれで、お子さんもいます。まさに私と同じです。キャリアと能力は較べるまでもなく圧倒的な差がありますが、ビジネスマンとして、夫として、父親として、目指すべき目標であり「いい刺激」になると思っています

当たり前のようで当たり前でないサービス
 昨日は休日。念願だった東京ディズニーランドに家族で出かけました。ディズニーランドのすぐ近所に住んでいながら、ここのところ縁遠くなっており、実に2年ぶりのディズニーランドとなりました。新緑真っ盛りで本当に気持ちよい雰囲気でした。

 ディズニーランドといえば緑も多いですが、池や川など水も多いです。ジャングルクルーズやマークトウェイン号などに乗っていて、茶色い水面を眺めていて、ふと思ったのが「水は濁っているが、蚊などの害虫はいないのだろうか」という疑問でした。実際にディズニーランドの中を隅々まで歩き回りましたが、蚊はおろかハエ一匹もいませんでした。生き物でいたのは、雀と鴨だけでした。これだけ緑と水がありながら害虫が一匹もいないというのはすごいことです。

 どのような対策をしているのか、ネットで調べてみましたが、わかったことは、

①水はすべて真水であること(海水ではない)
②水が循環していること


だけで、害虫対策はわかりませんでした。当然海に近いので、潮風の影響はあると思いますが、害虫が生じないように見えない努力をしているということは間違いないと思います。本当に快適に過ごすために徹したサービス、本当にすばらしいです。
 
秋葉原通り魔事件に思う
 今回の秋葉原の事件は本当にショックでした。ここのところ気になる事件がたくさん起きていますが、私が印象に残った事件は、この事件と先月末に起こったフリーアナウンサー川田亜子さんの自殺のニュースです。他殺と自殺ですが、そこには押さえることの出来ないペシミズムがあるように感じます。

 詳しくは書きませんが、これらの事件は今の時代背景が大きく関係していると私は考えています。
今の時代を一言で表すと、

①格差社会、自由競争社会
②情報社会


 逆に昔の時代は

①横並び社会、規制に縛られた競争社会
②非情報社会(今と較べて)


 できる人にとってはいい時代ですが、できない人にとっては悪い時代かも知れません。「自由」と「不安」は常に隣り合わせです。「不安」が度を超すと「絶望」変わります。まさに「実存主義」の時代と言えるでしょう。

 資本主義社会では、ますます格差、情報社会は進行していくでしょう。したがって、このような悲劇的な事件がこれから続いて出てくることが予想されます。環境自体は変えることは難しい。だから、私たちは自分の心身を自分で守る、コントロールすることが必要です。特に上昇志向の強い人ほどそのコントロールが不可欠です。「遊び」のないハンドルになってはいけないと思います。「出来る人」になろうと努力することはいいことですが、情報に振り回されていませんか?情報は意図的に発信されてくるべきものだということを知らなければなりません。

 
臼井由妃さんの本
 今週読んだ本について。臼井由妃さんの「出会ったひとすべてを味方に変える技術」を読んでみました。読もうと思ったきっかけは、鹿田尚樹さんのブログ「読むが価値!」ビジネスブックミシュランで紹介されていたことと、もうひとつは、2ヶ月ほど前、たまたま書店で臼井さんの「お金持ちになる男、慣れない男の習慣」という本を買って、臼井さんに対するイメージがそれまでとは変わったからでした。

 臼井さんといえば、何年か前「マネーの虎」に出演しているのを見かけて知っていましたが、そのころ私は起業や資格などには興味がなく、会社の新規顧客開拓のみに没頭していました。簡単に言えば本当に無知だったのですが、番組に出演している社長たちは目がぎらぎらしているようであまりいい印象を持っていませんでした。自分とは異質な世界の人だとしか思っていませんでした。


 そんな私が今年になって、先ほどの本を何気なく買って読んだのですが、本当に苦労されて、いろいろと悩みを克服して成功された方なのだということをはじめて知りました。女性ならではの細やかな視点と鋭い視点で文章を書かれています。わかりやすく書かれていますが、苦労を克服されてきたせいか、文章に独特の重みがあるのが特徴です。

出会った人すべてを味方に変える技術出会った人すべてを味方に変える技術
(2008/05/10)
臼井 由妃

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お金持ちになる男、なれない男の習慣 (Dream skill club)お金持ちになる男、なれない男の習慣 (Dream skill club)
(2008/03/12)
臼井由妃

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スカイマーク欠航に思う
 スカイマークがパイロット不足により一部の便を運休した件について。今まで航空会社を含め旅客輸送業者で、このような例を聞いたことはありませんが、今回の話はベンチャー企業の懐の浅さを露呈しているように思います。

 ベンチャー企業や零細企業は、経営資源が大手企業に較べて少ないため、余裕のない人員配置をとっているところが多くあります。つまり、一人に対する仕事の負荷が大きく、極端な例では、一人休めばその代わりがいないといった状況です。したがって、休みをとるのが難しい、あるいは、休むと他の社員に大きな負荷がかかるといった状況です。普通の企業では、このような場合長時間労働、休日労働で穴をカバーしますが、パイロットの場合は時間制限があり、人命を預かる重要な仕事なので、長時間労働で穴埋めすることができません。

 スカイマークは低価格を売りに出てきたベンチャー航空会社です。低価格ということは、パイロットの確保競争も激しくなるということは予測できたはずです。旅客輸送業は公共性と安全性が最高度に高い業界なので参入の敷居は高いはずですが、ここまでのリスクを予想することができなかったのでしょう。

 さて、従業員ぎりぎりで経営している中小企業会社は、たくさんあります。その中の零細企業においては、福利厚生などがない会社、また社会保険に加入していない会社もたくさんあります。

 1人前の会社とはどういうものなのでしょうか。業種の如何を問わず、コンプライアンスを守れる会社が1人前なのでしょうか。コンプライアンスを守れない零細企業は大企業に吸収されるべきなのでしょうか。顧客の立場からすれば、同じサービスなら安い企業から買いたいものです。このように考えていくと、最後には回りに回って自分のところに帰ってきます。批判する前に、自分はどうなのかと考える姿勢を持ちたいものです。
ランキング依存症
 昨日は休日でした。夕食後久々にNHKのクローズアップ現代をみました。国谷裕子キャスターがまだやっていることに驚きを感じたぐらい久々に見ました。

 「ランキング依存が止まらない~出版不況の裏側~」という結構気になる話題でした。今年、草思社の倒産した話など出版業界の状況が昔と変わってきたのは私たちのよく知るところですが、ランキング依存というのがその主要な原因だということは少々驚きです。

 草思社が倒産した情報をネットで見たとき、私が感じた原因を挙げてみると

①ネットの普及により、自由にただで興味のある情報を得ることができるようになった
②ブログの普及(本を出さなくても情報発信が可能)
③価値観の多様化により、売れる本も多様化(大量生産ができない。規模の経済性が働かない)
④出版ベンチャー企業の参入により競争激化。
 などがありますが、ランキングというのはあまり意識していませんでした。ブログにもブログランキングがあるように、今はランキング社会なのですね。ランキングといえば、私が受験生の頃はまさに偏差値ランキング真っ盛りの時代でした。その後、ランキングはよくないということで、ゆとり教育のようなものが出てくるのですが・・・・。

 さて、受験の話が出ましたが、受験ランキングを否定していた人でも、ビジネスや売れ筋のランキングは否定しないのではないでしょうか?私は現代のランキング依存症の原因のひとつに「受験生時代のトラウマ」があるのではないかと思っています。本当にすばらしいものはネット時代であればこそ、能動的に探すことは可能です。受験の勝ち組は能動的な受験生で基本的にはそれぞれが勉強スタイルやコツを自分なりに習得しているものです。彼らは普通の人が気づかないような価値ある情報を探し出すことでしょう。指標というか軸を自分の中に持っているのです。その点、受験の負け組(ここでは話をわかりやすいようにするためこの言葉を敢えて使います)は、自分に自信がないのでランキングに巻かれることで、トップと同化し、不安を取り除くところがあるのではないでしょうか。当然、数多くの情報の中から価値あるものを短時間に見つけようと思ったら、ランキングは非常に便利なものであることは確かです。

 ちょっと飛躍しすぎかもしれませんが、私は現代のランキング依存症の背後に「受験ランキングのトラウマ」が間違いなくあると思っています。
ルーチンワークをなめるな
 「ルーチンワークをなめるな」自らキモに命じた1日でした。

 青果物を販売する場合は生産地の表示がJAS法によって義務づけられています。例えば、トマトの4個パックを販売する際、パックに生産地を表示するシールを貼らなければなりません。産地のシールをはるだけなんて、誰でもできると思うかも知れませんが、油断していると思わぬアクシデントを招きます。トマトの産地がある日イレギュラーに変更になったとき、今日も○○産だという先入観と作業指示書の見落としから別の産地のシールを貼ってしまうことが起きるのです。間違って販売された場合、故意でなくても「産地偽装」となり、ペナルティが要求されることになります。

 実は、このたびこのようなミスが発生してしまったのです。いつも神経を使って、責任者の私も業務終了後、すべての作業日報に目を通しチェックを行うのですが、ずっとノーミスできていたので、いつのまにか気がゆるんでしまっていたのでした。「問題は立て続けに起こる」これは真理だと思いますが、「問題は忘れた頃に起きる」これもまた真理です。

 ルーチンワークをミスるということは、「大きな仕事ができません」と証明しているようなものです。私は今回の件で非常に悔しい思いをしました。

 ところで、ルーチンワークをきちっと実行するということで、どのような仕事が思い浮かぶでしょうか?私は電車の運転手を思い出します。運転席の後ろの窓越しから、運転手さんが独りで声を出して確認しながら運転している姿を眺めた経験は誰にでもあるのではないでしょうか?この姿勢がすべてのルーチンワークに必要だと思っています。

 ドラッカーの「経営管理の96パーセントはルーティン的な定型反復業務である」という言葉が身にしみます
モジュール人材論
 昨日は、本当によい天気でした。はじめて幼稚園の参観日に参加しました。そこで、感心したことがあります。


 幼稚園のスタッフは全員女性でした。結構力仕事などもあるのではないかと思うのですが、幼稚園の先生方は本当にたくましいと思います。そして、もう一点。外でずっと運動会のようなことをしていたのですが、司会進行役の先生は、司会がとても上手でした。子供をまとめるのは、大人をまとめるのよりも難しいし、わかりやすく、ある時は大げさに子供の注意を引くような演技も必要です。「これはすごい能力だ」と思わず感心してしまいました。


 一昔前まではキャリアといえば、同じ業界、業種の中で築くということが常識でした。例えば、幼稚園の先生が転職するにしても、別の幼稚園、保育園といった職場でしかキャリアを生かせないという考え方です。もちろん業界は違っても、営業なら営業、総務なら総務というキャリアを生かすという考え方は昔から一般的ですが、もう少し「キャリア」から脱線して、人の能力の可能性、多様性を評価する、試してみるといったことも必要なのではないかと思います。例えば、主婦のマネジメント力は仕事でも生かせると思います。ある調査で主婦業を年収で査定すると1000万円以上だという結果を先日見かけましたが、それだけ主婦業というのは簡単ではないということです。


 キャリアという言葉が社会にすっかり定着しましたが、「絵に描いたようなキャリア論」が多いように私は感じています。何事にも前向きに積極的に取り組んでいけば、同じ業務、業界にいなくても立派なキャリアを築けるというのが私の持論です。


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