やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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エコ意識がなぜ根付かないのか
 エコロジーが叫ばれて久しくなりますが、身の回りを見回してみてください。エコ意識がどれくらい徹底しているでしょうか。もちろん、家庭や企業で様々なエコ努力は行われています。3R(Reduce、Reuse、Recycle)のうち、Recycle、Reuseは根付いた感じがありますが、Reduceは一番簡単な事にかかわらず、一番実行ができていないような気がします。


 人間は自分に利益がないことには積極的にはなりません。環境を守らないと最後に自分に返ってくることが分かっていても、「今」心が満たされていなければ、将来のことで心を満たすことができないものです。簡単に言えば、「わかっていてもできない」状態になってしまうものです。太ると分かっていても、間食をしてしまう。「今」に満足できないから、間食することによって「今」を満たそうとするのです。そうかっといって、「今」が満たされていないのを我慢して「将来」のことで満たそうとすることは無理があります。「今」が満たされている人は、自然に他者のことを思いやることのできる人です。こう考えると、エコ社会がなかなか進まない理由のひとつは、充実した人生を送っている人ばかりではないということになるでしょうか。


 エコが進まない理由①人間の心の問題(内的問題)

 
 それでは、相対的な比較をして見ます。日本と較べてヨーロッパ社会はエコが進んでいるといわれています。日本とヨーロッパ(ドイツ)の比較をしてみましょう。私の身近な青果や流通といった視点で考えて見ます。(例外もありますが、一般的な特徴で)

①小売店
  日   本 :365日営業、24時間営業が当たり前
  ヨーロッパ :日曜日は休み
②食事スタイル
  日   本 :外食、中食が増えている。ファーストフード化
  ヨーロッパ :家庭での料理
③小売店での販売方法(生鮮品)
  日   本 :小分けパックが基本。過剰な包装
  ヨーロッパ :バラ売り、包装無し
④労働環境
  日   本 :休日出勤、残業当たり前  お客様は神様主義
  ヨーロッパ :プライベートな時間を優先。 サービスが悪い


 ざっくりこのような違いをあげることができますが、このような違いから、日本ではヨーロッパで必要のないものが多く、その結果ごみも多くなる。また、ワークライフバランスが崩れているために、心の不満足やメリハリのない労働環境が生じています。(人間は昼おきて、夜眠るという基本的な生活リズムが崩れています)そして、このことが家族の問題や青少年の犯罪へとつながっていくのです。フリーターのネットカフェ難民などまさにこの過剰なサービスとそれによって引きおこされるワークライフバランスを無視した労働環境から生まれてくるのです。家族が食卓を共にしなくなり、子供たちも自分の居場所を求めて家を出るのです。彼らの要求を満たしてくれる商業施設はいくらでもあります。ワークライフバランスを崩した人の生活や心をサポートする商売は確かに充実しています。でも、自殺とか青年の犯罪が後を絶たないのです。よくビジネス本など登場する「顧客第一主義」ですが、一歩間違えば大きなマイナス影響が出てくることにもっと意識を向けるべきです。

話が飛躍しましたが、

エコが進まない外的な原因として、②モノの消費の頻度が多い日本の社会システム

この社会システムをかえることはキリスト教徒ではない日本人には結構難しいことだと思います。キリスト教的な絶対的基準が、エコ社会を大きく進めるためには必要なのではないかと思ったりします。①内的原因と②外的原因は互いに負のサイクルを生んでしまっているので、大胆な社会システムの改革が必要だと思っています。
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手帳は必要?
 今回、一緒にIT起業のコンサルティングをする仲間に、本業がマーケティングコンサルタントの人がいます。彼はどこにでも持ち歩けるような携帯のノートを持っています。私は、今まで手帳を買ってもほとんど活用していなかったのですが、ブログを始めるようになって、また、本業以外の人たちの集まりに参加するようになって、ブログネタを思い出すのに時間がかかったり、スケジュールを間違えることがしばしば起こるようになってきました。彼のノートを見ながら、やはり私もこれにしないとと思ってしまいました。

 2,3年前でしょうか?『一冊の手帳で夢が叶う』など、手帳本がすごいブームになったことがあったと思います。私も、何冊か買って読みました。ちょっと実践してみましたが、面倒くさがり屋なので年間目標を記入して、1,2ヶ月行動記録をつけただけでやめてしまいました。ところが、今はちょっと事情が違ってきています。一言で言えば、することの種類が広がったということでしょうか。


 特にブログネタ(ブログで使うとは限りませんが、アイデア全般)を思いついたときに、書き留めることは重要です。パソコンの前で「ウンウン唸る」ことほど時間の無駄で非生産的なことはないですよね
それと、アポイントを確実に守らないと信用失ってしまいますからねえ。

 やはり、今までとは違った環境に飛び込まないと、わからないんですよね。手帳やノートを携帯する必要性を心から感じることができてちょっとレベルアップした気分です。
はじめてのIT企業
 昨晩は、コンサルティング先の都内のあるSIer会社に訪問してきました。都心の夜は大変蒸し暑く、普段スーツを着ない私は、汗をだらだら流しながら向かいました。社長は不在で専務と会話を交わしました。

 恥ずかしながら、IT企業に訪問するのは長いサラリーマン生活の中で、初めての経験です。提案書を預けて、軽くさしあたりのない話をしたのですが、やはり、先方からは食料品、燃料代の値上げの影響について聞かれました。また、市場場外で買い物の経験を話してくれました。私は逆に市場流通専門のSI会社の話などをしました。

 話をしていて思ったのですが、普段自分が代わり映えしないと思っている「やっちゃば生活」も、異業種の人から見ると、とても新鮮に見えるのだということを改めて感じました。異国の話に興味深く耳を傾けるのと同じです。


 さて、今回SIer企業やIT企業について、ちょっと勉強してみました。コンサル先の会社がアーリーステージにあるベンチャー企業だったので、Sier企業とはまったく異分野なのですが、図書館で『プラネット式 IT 起業で成功する方法』という本を借りて読んでみました。読んでみると、卸売業をITサポートをする会社の立ち上げから成功までの内容が書かれていました。


 卸売業といっても、日用品化粧品業界なのですが、卸売業こそIT技術のメリットを最も享受することのできる業種だとつくづく感じてしまいました。著者で(株)プラネット社長の玉生弘昌さんの卸売業に対する考え方に共鳴しました。私は青果卸売業で働いていますが、この業界こそIT技術の導入によって飛躍的に業務内容が改善すると思っています。市場の人にこの話をすると「市場の体質では無理」とか「みんな保守的だからな」と大抵の人が言うのですが、そう言いながら非効率的な業務内容に不満を持っているのです。チャレンジしてみる価値はとても大きいでしょう。
プラネット式IT起業で成功する方法―業界「標準化」で高収益を続ける驚異のしくみプラネット式IT起業で成功する方法―業界「標準化」で高収益を続ける驚異のしくみ
(2006/11)
玉生 弘昌

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卸不要論にもの申す
 ここのところ、原油高によりすべての業界が収益を減らしてあえいでいますが、その中でも、漁業は深刻で、「漁に出れば出るほど赤字」ということでテレビ番組の特集にも上がっていました。漁業は大変だと思いますが、マスメディアを見た何人かの人の話やブログを読んで「おやっ」と思ってしまいました。問題の本質からずれているからと思ったからです。

 メディアの内容は直接見たわけではないので、はっきり言えませんが次のような内容の記事があったようです。

 漁業では、漁師から小売店までの間に、5つも仲介業者が入り、小売価格の24%しか、漁師さんの手元には入らない。これが農業の場合だと40%残るのだが・・・。

 私は断片的にこの話を聞いたり読んだだけですが、ここには「仲介業者がマージンを取るから漁師が苦しくなる」という卸不要論があるように感じてしまいます。特にアメリカナイズされたコンサルタントは卸不要論を昔から声高に叫んでいるようで、それを卸の機能を知らない人は短絡的に鵜呑みにしてしまう傾向があります。

 上記のように5社も仲介業者が入ると言うことは、普通ではありません。よっぽど漁師か一次卸がマーケティングをいい加減にしてきたか(販売を流通業者に丸投げ、販売方法の開拓開発を行ってこなかった)、既得流通ルートを守るために下流業者からの圧力がかかったか特定の理由があるはずです。普通は

①産地の漁協(農協)→②市場荷受(大卸)→③仲卸→小売店→消費者

の流通経路になります。当然、宅配便、インターネットのインフラの整備もあって、途中が抜けた形の流通も増えています。それでも、そいうった扱いの割合は微々たるものです。卸売市場流通の割合は

①水産物   約70%
②野菜     約70%
③果物     約80%


となっており大部分が市場流通に依存しています。生鮮品は劣化が早く、品質も工業製品と違って非均質です。したがって、グレードに関係なく大量に買い取ってくれる卸や加工場が必要になってくるのです。このように考えると、卸は生産者と小売店あるいはエンドユーザーの代わりに、在庫調整機能を担っているということがわかります。卸がなければ不良在庫で生産者も小売店も大変な目に遭うことになります。

 今回の問題は、流通制度の問題よりも、原油の高騰に対して政府が何もしてこなかったことと、漁業関係者のリスクマネジメント不足、マーケティング努力不足にあるのではないでしょうか。ちょっと長くなるので今日はこの辺で。今後、流通に関するテーマを連載していく予定です。(つまらない記事が続きそうですが)

ちなみに、卸、仲卸の存在価値の記事です。参考に

農産物と流通④キャッシュフロ
家族満足度を上げる
 やっちゃばで働く私は、明日から2日間という短い連休です。この連休、どのようにして妻、子供たちを楽しませようかということと、どのようにコンサルティングの営業戦略のパートをまとめようかということの2つを今考えています。

 ところで、ビジネス論議をしたり、ビジネス書を読んでいたりすると、必ず「顧客満足度(cs)」という言葉にぶつかります。顧客満足度を高めることは、当然ビジネスで成功するための必要条件ですが、人生で成功するという観点から「家族満足度」を高めるということがもっと大切ではないかと思うのです。

 当然、独身のビジネスパーソンならば、余り家族のことに気がいかないかも知れませんが、家庭を持っているビジネスパーソンはもっと家庭の重要性に目を向けてもよいのではないでしょうか。自分の妻、子供など、自分に一番近い存在の満足度を上げずして、どうして顧客満足度を上げることが出来るでしょうか。外でのつきあいや、ブログ上のつきあいに没頭して、家族とすごす大切な時間を犠牲にしているという人もいるのではないでしょうか?

 あるコンサルタントの大先生が「自分のお母ちゃん(妻)も説得できないのに、コンサルできるわけがないだろ」と先日発言しているのを聞いて、思わずその通りだと思ってしまいました。常に接している家族はお互いに性格や趣味、好みなどすべての属性を知っている関係です。無条件に愛したいという情を抱かせる対象であり、そこでは、360度自由でありひっかかるものがありません。まさに自分という実体がそのままストレートに出るのです。

 ところが、ビジネス上の顧客との係わりは条件的なもの、象徴的なものです。顧客を喜ばせたいという心は、家族を喜ばせたいという大きなエネルギーから分化したようなものです。この大きなエネルギーがなければ、顧客満足度などといっても、長続きしないでしょう。なぜなら、他人を家族のように愛することが究極の「顧客を愛する」ということだからです。

 誰もが人生において成功し、家庭を豊にしたいと願うものです。

①顧客満足度をあげる→②ビジネスの成功→③収入が上がる→④豊かな人生(家庭) 

 お金がないと、結局豊になれないので、ほとんどの人がどうやって①で成功するかということに躍起になって考えるのです。だから、本も①のことばかり書いた方が売れるのです。ところが皮肉なことに①にばかり気をとられて、本来の目的である④をないがしろにしてしまうのです。

 もちろん、ビジネスで成功するためには一点突破するために、自らの資源(時間やお金など)を一点集中することが必要ですが、そのために全体のバランスを崩さないようにする必要があります。このバランス感覚、生活のすべての面での質の向上に気を配り、努力することが必要なのではないでしょうか。すべてがつながってレベルアップしていくべきです。
 
思いをカタチに
 長女が幼稚園に行くようになってから、4ヶ月。明日で1学期は終了で夏休みに入ります。新しい友達、親同士の交流など、専業主婦の妻の生活ががらりと変わったことが印象的です。

 ところで、幼稚園では親しくなった友達に手紙を書くことが普通のようです。私の娘も手紙を書いたり、もらったりしています。

○○ちゃん、今日はあそんでくれてありがとう。 

たわいのない文章ですが、娘は手紙を非常に大切にしています。思いをカタチにする。小さい頃からこの習慣を大切にしたいものです。手紙でなくてもいい。絵でも、工作でもいい。カタチに残るものがいいと思います。

 見返りを求めるのではなく、生きた証として。人は他者と関係性を築きたいと積極的に働きかけることによって、「真善美」の価値追求を行います。逆に言えば、その価値の追求しようとする行動が、私たちの生き方です。

 そういう意味で、ブログも思いを形にするすばらしいツールです。私は、クラシック音楽鑑賞が趣味ですが、音楽に対する愛情、感謝の思いをカタチに残すためにクラシックブログを書いています。今後は家族への手紙ブログも書いてみようと思っています。(面と向かっては照れちゃいますので。)
中途半端は不自由
 上司から問題や弱みを指摘されて詰まったことは誰にでもある経験だと思いますが、特にそれを本人が自覚していれば自覚しているほど、詰まるものです。なぜなのでしょうか。

 問題や弱み、つまりボトルネックを克服しようとすれば、必ず痛みを伴います。この痛みを全身で受け止めるか、それとも全く痛みと感じずに受け流すか?このどちらかであれば、前向きに捉えることが出来ると思いますが、中途半端に受け止めようとするとどうしても及び腰になってしまいます。歯医者さんに行くのが嫌な気持ちと同じです。中途半端は不自由極まりない状態といえるでしょう。この状態は決していい方向に行きません。なぜなら、方向性が定まってないから、矛盾しているからです。

 では、なぜ中途半端な心が起こるのでしょうか?会社のことで考えると、自分と会社が運命を同じくするという一心同体状態になっていないからです。どうしてもサラリーマンとして働くと、妥協が生じてきます。課長という立場でも、個人の立場を引きずっていきます。そういう意味で、会社と一心同体というのは役にはまりきった役者さんのような立場といえるのではないでしょうか。役者になりきれる人こそ会社の中での優れたビジネスパーソンです。


 ①経営者か、②優れたビジネスパーソンか、③コンサルタントか、痛みを伴う改革をするためには必ず、これらの立場の人が必要だと思います。①、②は会社を自分のこととして、③は会社を全く客観的な立場から見つめることが出来るからです。私は今日の役員会で不自由な発言をしてしまいました。役者としてはまだまだです。
運転手の孤独
 私の会社にお中元シーズンになると毎日荷物の引き取りに来る運転手さんがいます。気さくに、いろんな話をたまにするのですが、彼に生活のことを聴いてみました。この運転手は、40歳くらいで独身、運転手の中ではリーダー的な立場ですが、その生活ぶりを知ると痛ましくなりました。

①毎日、荷物を運んでいる。つまり休暇がない。
②自宅に帰るのは1週間に1回。
③午後、都内で積み込みをして、夜は別の仕事で新潟あたりまで走ることもしばしば。


 すごいハードスケジュールです。私は「会社の命令ですか」と尋ねてみました。そうすると、「他に出来る奴がいないから俺がやっている。他の奴は断っている。」どうやら強制ではなさそうですが、そこまでしてなぜそんな無理をするのかと思ってしまいます。当然お金はもらっているようなのですが、「そんな生活ならお金を使う機会がないでしょう。」「年末にぱあっと使うんだけかなあ」

 私は考えてみました。①彼が独身であること。②人がよい性格だということ。③仕事ができる人だということ。この3つがあるから、このような生活になっているのだと思いますが、私の回りには結構こういう人が多いんです。まるで自分に無理を効かせて、他の人が出来ないことをこなす行為そのものに価値を見いだしているように見えます。それは本当の喜びでしょうか?彼の歯は抜け落ち、体はメタボになり、髪は長髪で、髭ものばしています。2,3年前は髪は短く、髭も剃っていたのに。このままいくとカチカチの既成の価値観に固まっていくのでしょうか。「孤独」というものを考えざるをえませんでした。 


ダイナマイトモチベーション
 先日、図書館で借りてきた本のなかに石井裕之さんの『心のブレーキの外し方』がありました。この本をブログ交流のある何人かの方のブログで見かけたのですが、その時は、「自分は自己啓発オタクではない」とちょっと反発する心もあって気にとめませんでした。ここのところ、何か今までとは違う体験をしてみたいと思う心が強いのですが、この本にはCDがついていたので、一度CDブックを聴いてみようとこの本を借りることにしました。

 
 聴いてみると、目から鱗のすばらしい内容でした。非常に印象強かったのが、石井さんの口調です。「セラピスト」というと何だか優しいイメージがありますが、石井さんの口調は、強く、時には厳しさを感じさせるものでした。私は聴きながら、この口調どこかで聴いたことがあるなと思っていましたが、ふと思い出しました。私は持病で、ある医院に通っているのですが、その先生と全く同じ口調なのです。そして驚くことに、石井さんとその先生が言っている内容が全く同じなのです。病気に関するコメントがあるのですが、

 人は長年病気していると、病気している状態が当たり前だと潜在意識の中で思ってしまいます。病気を治したいと思いながらも、潜在意識の方に引っ張られていくのです。この潜在意識そのものは、現状維持を保つという人間の心の自然なメカニズムから生まれます。これに気づかないために、多くの人が病気が治らなかったり、ダイエットができなかったり、ビジネスで成功できなかったりするのです

 さて、普通はこの本を読んでCDを聴くようになっているそうです。私はCDだけ聴いて本の方はまだ1ページも読んでいませんが、この話を聴いてなぜ「ダイナマイトモチベーション」というネーミングなのかという意味がよくわかりました。「強く大きなモチベーション」ではなく「カチカチに固まった既成の自分を木っ端みじんに粉砕するモチベーション」です。引き込まれていきそうです。
「心のブレーキ」の外し方~仕事とプライベートに効く7つの心理セラピー~「心のブレーキ」の外し方~仕事とプライベートに効く7つの心理セラピー~
(2006/11/21)
石井 裕之

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スマートより気力で
 「楽に仕事を片づける本」「段取りのいい仕事の進め方」など仕事をスマートにこなすための指南書は山ほどあります。それらはいろいろな発見をさせてくれ、ある程度の効果が望めます。ところが、それらのやり方にならっても、いつもスマートに仕事をこなせるというわけでもありません。

 どの業界でも繁忙期というものがあると思います。実は私は今それに遭遇しているのですが、一昨日、右腕の部下が身内の不幸により出勤できない状態になり、中小零細でスタッフの少ない会社なので、私が責任者として彼女の仕事をしなければならないことになりました。朝、いかに段取りよく仕事をこなしていくか計画を立てて行きましたが、次から次に仕事が舞い込んで来て、オーバーワーク状態になってしまいました。こうなると気力で乗り越えるしかありません。

 生鮮業界は、1日1日が勝負です。リードタイムが1日か2日の世界です。安定した家の生活ではなく、遊牧民のテント暮らしのような感覚です。もしくは戦場といってもいいでしょう。戦いには当然ロジックが必要です。でも戦意と気力はもっと必要です。

 これはすべてのことに言えることだと思います。特に何か新しいことにチャレンジしていこうとすれば、泥臭い体験を避けることは出来ないでしょう。できるだけスマートに行きたい、修羅場に遭遇したくないと思いながらも、泥臭い世界に飛び込んでいくことを決意します。
ブログ道
 鹿田尚樹さんのブログ『鹿田尚樹の「読むが価値!」ビジネスブックミシュラン』で紹介されていた本で読んでみたいと強く思っていた本が久米信行さんの『ブログ道』でした。「道」といえば「茶道」、「華道」、「武道」などというイメージが浮かんできますが、それらに共通する内容として、

①何かに打ち込むことによって心を磨く
②継続的に長く取り組むことによって成長する
③同じことを繰り返すことにより、ひとつのことを複数の角度から捉えることができるようになる
④最終的には心の自由を手に入れる


が私の心の中には浮かんできます。そういう意味でこのタイトルに惹かれるものがあったのでした。久米さんはTシャツメーカーの社長であり、複数のメルマガやブログを運営されています。

 さて、私のこのブログも今年の2月末から始めてやっと1000アクセスを超えることができました。亀のように遅い足取りです。私は有名人でもないし、起業家でもありません。市場の中小企業で働く普通のサラリーマンです。休日は3児の父親としてほとんど家族サービスをしているので、副業や異業種交流会、セミナーなどとはほとんど無縁です。私はブログを書きながら何度も行き詰まりました。「自分は結構独創的な考えを述べることができるはずだ」そのように思って今のブログの題名で始めたものの、これだ!という内容が湧き上がってこないのです。私は思いました。「自らが体験した分しかブログでは書くことができない。等身大の自分しか書くことができない。それができなければレバレッジをかけるしかない(書籍や他のすぐれたブロガーの記事に自分の意見をそえる)」


 久米さんは「パソコンの前で何時間も考え込むのではなく、行動実践して体験した分だけブログの内容がすばらしくなってくる」というような意味のことを書かれています。まさに私が思い悩んでいた内容のことをずばりと書かれているのでした。

 また、アクセスが伸びないことに関して。やはり内容が貧弱で人をひきつける要素が乏しいというのが一番の原因です。ただこれはブログを書いている時点での等身大の私であり、偽らざる姿です。まだまだ人間的な魅力に乏しいということでしょう。人間は誰もが認知されたいものです。それでも必要以上にアクセスを伸ばそうと躍起になるのは「私のブログ道」からすれば本末転倒ではないかと思うのです。久米さんはブログを「個人が生き生きとした毎日を送るための活性化ツール」と捉えています。記事の内容を磨くもよし、ブログ間交流して自分を高めるのもよし、ブログを始めて悩みが増したら本末転倒です。

私のこのブログの位置づけは「経営コンサルタントとして成長するためのツール」です。自分の考えの下書きでも、学んだことのメモでもいいのです。だから、こらからも面白みのない内容を書いていくでしょう。そして独立して様々な体験をしていけば、魅力的な記事も書けるようになって来るでしょう。そのときは、きっとひと回り大きくなった自分の姿を発見することができるのでしょう。その姿を目標にしながら、私の「ブログ道」にこれからも精進してまいります。
ブログ道ブログ道
(2005/12/23)
久米 信行

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課長の孤独
「課長がこんなに孤独な役職だと知っていれば、課長になんてならなかった」これは先日紹介した酒井穣さんの『はじめての課長の教科書』の反響のひとつです。よく経営者は孤独だと言われることがありますが、課長の孤独感というのは経営者の孤独感とは違った性質の孤独感です。

 経営者は自らの意志で事業を起こし、展開します。したがって、自らの意志で社長=経営者の立場を選んだのであり、例え自分の思いが社員に伝わらなかったとしても100%自分で責任をとる覚悟が出来ています。会社のことは自分のことであり360度回ってみても障害物にぶつからない自由さがあります。

 ところが、課長という立場は自ら好んでなるものとは言えないのです。他人の会社に入ると言うことは、ある意味自分の好きなことを犠牲にする、自ら好まない業務もしなければなないということになります。末端社員ならば、社員としての気持ちを上司にぶつければいいかもしれません。上司に責任をとってもらうという気楽さもあるかも知れません。ところが課長は「会社の上層部では現場の代表」であり、「現場では会社上層部の代理人」です。現場の苦労を経営幹部にはわかってもらえないこともあるし、会社の事情を末端社員にわかってもらえないこともあるでしょう。つまり、一番ジレンマに陥るポジションなのです。苦しくなれば「経営者ではないのだからいいだろう」という逃げの気持ちも生まれてくることでしょう。この前線隊長のようなポジションを充実したものにするためには、自ら課長としてどのような内容を身につけるかという内的な動機が必要です。課長級のレベルになると、給料などの外的な動機だけでは、このジレンマと前向きに闘うことは困難であると思います。おそらく闘いをやめて「妥協」にはいるはずです。

 自分の内的な目標は常にチェックする必要があります。期限を決めて、環境に流されないように、次なる跳躍の目標を抱いてこの孤独な期間を有意義に過ごしたいものです。

農産物と流通③
 ①と②において、農産物の流通のおおまかな現状と課題を見てきました。②で述べたとおり、国産農産物には追い風が吹いているのですが、それに十分応えきれていない状況です。弱みをどのようにして克服していくかについて考えてみたいと思います。

①安心、安全の問題
農薬に関してはポジティブリストが発表されるなど、規制が厳しくなっています。消費者もこの問題に敏感になっており、作り手の見える商品が望まれています。また、異物混入、衛生管理など食品としての管理の要求も強まっています。

・流通チャネルとしては、地産地消型、直売所型が最も「作り手の見える農産物」として適しています。

・量販店においては、パッケージにQRコードをつけて産地情報、栽培履歴情報を見えるようにする工夫が必要です。ばら売りの場合はPOPも必要です。

・流通過程においてはコールドチェーンの確立が必要です。冷蔵施設のある保管場所、保冷車が絶対条件になります。(産地、市場はこの点がまだ遅れています。)また、加工場の整備が必要です。食品工場の衛生管理基準を取り入れる必要があります。



②マーケティング力の問題
従来は、売り手より買い手の方が強い関係にありました。産直流通においても卸売市場流通においても、消費者へのマーケティングを小売業者や卸売業者に任せてきたからです。特に現代においては消費者の好みが多様化しているので、多品種小ロット化が要求され、小回りの効く対応が必要になってきます。小回りの効く対応は産地はなかなかできないのが現状です。したがって、産地においては小売業者あるいは卸売業者とより密な情報交換が必要になります。また、インターネット網の発達により、通販が容易に出来るようになり、消費者の情報を直接得ることが出来るようになりました。これにより、直接マーケティングが可能になり、商品開発が容易な環境になりました。情報と商品開発により買い手との交渉で有利な立場に立つことが可能になります。


農産物と流通②
 先回では、農産物の流通について、マーケティングの4Pのフレームワーク作業をしてみました。今回は国産農産物を販売流通させるにあたっての内部資源分析、外部環境分析いわゆるSWOT分析を行ってみたいと思います。

①内部資源(強み)
安全性が高い(農薬問題、衛生、異物混入)
品質が優れている(鮮度、おいしさ)
トレサビリティがしっかりしている(顔が見える農産物)

②内部資源(弱み)
単価が高い(対輸入農産物)
調理などの手間がかかる(対加工食品)
品質の非均一性
不確実性が大きい(天候に左右される)
マーケティングが弱い
加工場などが未整備


③環境(機会、プラス)
中国産野菜に対する厳しい評価
食の安全・安心への関心の高まり
食育。スローフード運動
国内自給率をあげるための政府のバックアップ
民間企業の農業経営への参入
流通網の発達
情報網の発達

④環境(脅威マイナス)
肥料などの高騰、輸入がほとんど
人材不足
耕作地が狭い。土壌を作るのに時間がかかる。
農地法の規制
新規参入者による競争激化

SWOT分析をざっくりしてみると上記のようになります。この分析から国産農産物には、追い風が吹いていることがわかります。需要は高まっているが、それに十分に応え切れていないという現状が見えてきます。逆に上記のマイナス点を克服すれば、強みを発揮して需要に応えることが出来るようになると考えられます。


裁判員制度について
 先日、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤被告ら3名の死刑執行が行われたニュースが話題になりました。この事件が起こった当時、私は高校生でしたがとても衝撃的でした。あれからもう20年近くになりますが、この間にこのような変質的な殺人事件が何度も起こり、このような事件が今では当たり前にようになってしまったような恐ろしい時代になってしまいました。

 この事件からもう20年も経ったんだという妙な気持ちになると同時に、死刑によりその存在が抹殺されたという事実にも衝撃のようなものを感じてしまいました。人が人を殺すということはあってはいけないことですが、国家権力が犯罪者を抹殺するというのも気持ちのいいものではありません。裁判官は社会的にはエリートですが、「死刑判決」を下すという誰もがしたくない決断をしなければなりません

 さて、そんなことを考えていたとき、たまたま裁判員制度に関する本を読みました。『エブリワン氏の裁判員日記』という本です。このことには裁判員制度のことがわかりやすく書かれています。


裁判員制度とは
裁判官と裁判員が一緒になって法定で判決を下す制度です。裁判員は日本国の有権者の中から無作為に6名選ばれます。つまり一般人の代表者が裁判官と一緒に裁判を行うのです。この6名は裁判ごとに選ばれ、裁判の種類も凶悪な殺人事件などの重大な裁判に限られます。


凶悪な事件の裁判には死刑判決がつきものです。死刑は、犯罪者とは言え、ひとりの人間の命を奪うという究極的な極刑です。人の命は二度とよみがえりません。そういう意味では、もし間違った判決を下した場合、その責任はとりきれないものとなってしまいます。したがって、裁判官以外の社会を代表する一般人の目を入れてより公平性を保とうというのがこの制度の狙いのようです。極めて民主主義的な考え方だと思いますが、同時に民主主義の限界も感じてしまいます。衆愚政治のように、衆愚裁判に陥る可能性だってあるからです。

 最後に、この裁判員制度によって、一般国民が司法の場へ直接参加することになるのですが、欧米ではこれはすでに行われています。陪審制、参審制というものがそれです。

陪審制  アメリカ、イギリスなどで適用。裁判官から独立して有罪無罪を決定する。量刑の関与はなし。(具体的な刑の内容の決定には関与しない)

参審制  フランス、ドイツなどで適用。裁判官と合議により有罪無罪を決定。量刑にも関与する。


 裁判員制度では、裁判官と合議により有罪無罪、量刑を決定するという点で参審制に近いものがあります。裁判官と裁判員の意見が一致しないとき、多数決により判決が決まるのですが、多数決の中に最低1人の裁判官が入っていなければならないということなので、お上主導ということには変わりがないようです。もし、自分が裁判員に選ばれたら、凶悪犯の死刑判決を自ら下すと言った場面に遭遇するのでしょうか?気持ちのいいものではありませんが、誰かがやらなければならない仕事だと思って前向きに取り組んでいこうと思っています。

エブリワン氏の「裁判員日記」エブリワン氏の「裁判員日記」
(2008/05/22)
一橋総合研究所

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農産物と流通①
 来週、農産物の流通について簡単な報告書を提出します。農産物の流通について、何種類かのフレームから分析してみたいと思っています。流通といってもその意味する範囲は広いのでマーケティングの立場から考えてみたいと思います。レポートの下書き用にブログを利用していますので、ブログ用の文章から離れた無味乾燥な文になっています。

 ①4Pについて

(1)Product 商品(農産物)
農産物といっても大きく分けると野菜と果実に分かれます。また、低価格品と高価格(ブランド品)、非有機農産物と有機農産物というように分けて考えることもできます。これらのカテゴリーによってマーケティング戦略が異なります。

(2)Price 価格
野菜  単価が安い。回転が速い。物量が大きい。
果物  単価が高い。嗜好品。季節商材。ギフト向き。

(3)Place 販売場所、流通チャネル


野菜 量販店、直売、外食、加工場、卸売市場流通、 生産地が多い(産地が複数)
卸売市場への流通が70%、加工場が20%
果物 量販店、百貨店、直売、通販、産地直送、卸売市場 生産地が限定(気候の違いによる) 輸出
卸売市場への流通が80%、加工場10%

低価格品 量販店、外食、加工場、卸売市場
高価格品
 通販、直送、卸売市場

有機農産物  量販店、宅配、有機ショップ、通販、有機専門流通業者  流通チャネルが限定
非有機農産物 量販店、卸売市場
 ここのところ、卸売業者の中抜きや、市場外流通が目立っているように見えますが、青果物流通の大部分が卸売市場流通になっていることがわかります。青果物の特性を考えればこれは当然であるとも言えます。

(4)Promotin 販促

野菜 低価格、安全性、品質、地産地消
果物 品質、付加価値、ギフト、

低価格品 物量
高価格品 品質、ストーリー性

有機農産物  品質、安全性、健康志向、宅配、限定品
非有機農産物 低価格、物量

有機農産物の農産物全体に占める割合は1.5%になっています。国はこれを3%に広げる方針を打ち出しています。



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