やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
プロフィール

やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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バランス感覚
 バナナダイエットがブームだそうです。昨年の納豆ブームもそうですが、テレビで「○○がダイエットにいい、体にいい」と放送された後は、その食品の売れ行きが急に良くなることは、売り手側からしても常識になっています。青果でも、黄色いりんごがいいと放送された時、放送後1週間ぐらい大量の注文が来て欠品になったこともあります。

 マスコミの影響を受けて試してみることは何もしないよりはいいと思います。何でも試してみないと新しい世界は開けないからです。ただ、バナナならバナナだけ、納豆なら納豆だけというように短絡的にその食品のみに飛びつく人がいるようですが、偏った食品摂取のみだと結果的に体全体のバランスを壊してしまうことになります。

 バランス感覚は食物だけでなく、人生や家庭、経営などすべての分野で必要だと思います。ある一点に集中する、徹底的にひとつのことに集中するということは大切なことですそれでも、ひとつのことに集中すればするほど、他の何かを失ってしまう場合だってあるのです。例えば、経営だって売上拡大ばかりにこだわってしまうと、労務管理や売掛債権管理がなおざりになって、かえってそれが会社の命取りになるかもしれません。家庭を顧みず、仕事ばかりしていると離婚という最悪の結果を招くかもしれません。

 一点集中する場合も、常に全体のバランスに意識をもって行動することが必要です。偏食とは、食べ物だけに当てはまる言葉ではないと思います。専門性を持ちながらも、すべての分野に関心を持つ。遠回りのようですが、そのほうが大きく育つ、私はそのように考えて行動していきます。
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TDLでの成人式について
 若者の成人式離れを止めようと千葉県浦安市が地元の東京ディズニーランド(TDL)で毎年開いている成人式の昨年度の経費が、1人当たり6270円(総額約770万円)に上り、他都市を大きく上回っていることが分かった。浦安市では、公共料金の値上げが相次ぎ、公金支出に厳しい目が向けられており、議会でも疑問が出始めている。(毎日新聞より)

 私は浦安市に住んで8年くらいになりますが、この街が気に入っています。東京ディズニーリゾートがある湾岸リゾート都市というイメージが強いかも知れませんが、東西線浦安駅や浦安市役所のある旧市街地は昔の漁師町を偲ばせる趣が残っており、この新旧の風情は魅力的です。私は他県から転入してきた身ですが、この街に強い愛着を持っています。

 浦安市民にとって東京ディズニーリゾートは特別な思いがあるのは確かだと思います。歩いてディズニーリゾートへ行くことができますし、ウエスタンリバー鉄道の汽笛の音や、パレードの音が海からの風に乗って市街地まで聞こえてきます。そして、夜は花火を見ることができます。全国各地から新幹線や飛行機でやってくる多くの人たちのことを考えると、やはりそのような観光地が地元にあるというのは大きな誇りだと思います。

 さて、成人式についてですが、私は成人式の意味をそんなに重要なものとは思っていません。成人式よりも、高校の卒業式、大学の卒業式、会社の入社式の方がそおらく感慨や、いい意味での緊張感、重みと責任を感じるのではないでしょうか。ちょっと大げさな表現になりますが、成人式で感動の涙を流す人がどれだけいるでしょうか?緊張感の伴わないセレモニーは、ただのお祭りになってしまいます。お祭りが大人としての責任と自覚を持って出発する節目になるのでしょうか?セレモニーはある種の厳格さがあったほうが、心に与える影響が大きいのです。

 TDLで成人式をすること自体を私は否定するつもりはありません。私の娘もこれからずっと浦安市に住んでいればTDLの成人式に出たいと思うでしょう。また、浦安市に税金をずっと納めていることになりますからそれくらいの特典があってもいいとも思います。ただ、浦安市は千葉県で一番転出入率が高い市であり、大学もあるので、20歳の若者のうち浦安市で生まれ育った者が何人いるでしょうか。地元で生まれ育った者と20歳の時たまたま浦安市に住んでいた者では、TDLに対する思い入れも、浦安市への貢献度という点でも違うでしょう。そう考えてくると、果たしてこれだけの金額を使って成人式をする意味があるのかという意見が出てくるのは当然だと思います。

 都市の財政力にも格差が開いているという今日ですが、財政力に格差があっても、故郷の景色や思い出にはお金には換えることのできない価値があります。過疎の田舎町だって、すばらしい眺めの丘や古い木造校舎など価値ある場所が必ずあります。人は小さい頃の思い出に、今の私の原点を感じるものではないでしょうか。そういう意味では私の生の原点である地において成人式をすれば自発的に大人として出発することに大きな感慨を感じることができるのかもしれません。浦安市もTDLでなくても、そのような場所はたくさんあります。今、TDLの成人式を見直すときにきているのかもしれません。

挫折するモチベーション
 先週のこと、何件か面接のアポイントを取ったのですが、いざ面接という段階になって2件キャンセルになりました。パートの面接なので、アポだけとって実際はキャンセルが多いのが日常茶飯事なのですが、今回はちょっと「えっ」と思うキャンセルでした。

 会社のすぐ近くまで来て、会社の場所の確認の電話を2人ともかけてきたのですが、それっきりで会社に姿を現すことはありませんでした。わざわざ時間とお金を使って面接会場のすぐ近くまで来ながら「やっぱりいいや。まあいいか。」と弱いモチベーションは間単にひっくり返ってしまったのでした。

 パートの志望動機は
①時間
②時給
③仕事内容
の順番なので、①、②さえクリアすれば③はそんなにこだわりはないのかもしれません。「場所がわからない、ちょっと迷ってしまった。約束の時間も過ぎたし、別のところでいいや。」ということになるのでしょうか。

 約束を破られたことを私はなんとも思っていませんが、なぜ行動の目的地を目前にして、その行動を無駄にするのか、人生の成功はこのようなことを繰り返していたのでは決してできないだろうなと思ってしまいました。

 こんな経験がありませんか。目的の会合やパーティー、セミナーなどの時間に大きく遅れてしまった時、そこに入りにくいものです。特にそれが少人数で、はじめて顔をあわせる場合であればなおさらです。「格好悪いしやめようか」と弱い虫が騒ぐのですが、「そこに飛び込めば何かが起こる。遅れようが意志を通さないと、今までのここまで至るに費やしたお金も時間も無駄になってしまう」と一歩踏み出す勇気を持ちたいものです。
美学の独走
 小泉元首相の引退宣言が大きくニュースで報じられました。改革派として、国民の人気を集めた小泉さんでしたが、私は世の中の評価とは別の見方をしています。小泉さんがなぜ評価されたか、それは小泉さん自身の美学を貫く一貫性に魅せられたからであって、政策に魅せられたからではないのです。すなわち個人のカリスマ性に多くの国民が酔わされていたのです。

 小泉さんは国益よりも自分の美学を優先しすぎたように思います。

①郵政民営化で反対議員を切ったこと
②小泉チルドレンを立てて反対議員に見せしめをしたこと
③退任直前に靖国神社参拝を行ったこと


 少なくともこの3つは自らの美学に酔いきった行動としかとることができません。信条と言うよりは独断と偏見に近いのではないでしょうか。見方によっては強いリーダーシップととれるかもしれませんが、言論の自由と国益を考えると、単なる我が儘とも見ることもできます。そのカリスマ性によって、すべてを正当化していく手法は某教団の教祖と全く同じと言っても過言ではありません。

小泉さんのすごいところは、政治家だけではなく、国民も巻き込んでひとつの小泉劇場を作り上げたことです。でも、所詮、劇の中の出来事、劇が終われば現実に引きもどされるのです。安部さん、福田さんの直面した問題は小泉さんの時もあったものでした。ただ、国民の目を別の方向に向けさせることができただけです。未だに小泉劇場の余韻に浸っている人がいることに私はカリスマ性のすごさを感じてしまいます。

 自分の哲学や美学を貫き通すのは確かに傍目にはかっこよく見えます。特に政治家や経営者などの人生で成功した人のものであれば、疑いもなく正しいと思ってしまうところがあります。まさにハロー効果ですね。それでも、私たちはそれを鵜呑みにするのではなく、本当にそうなのかと考えることが必要です。逆説的ですが、こういった独自の視点、考え方が無ければいつまで経っても自分の美学は生まれてきません。
 

 さて、政治の話は結構ビジネスブログではタブー視されていると思うのですが、やはりマクロ的な視点を持とうと考えるとどうしても政策や政治の話を避けて通ることはできません。今後もそういった話が出てくると思いますが、ナンセンスな右や左などの過激な思想の話をするつもりは全くありませんのでご安心下さい。
断ることの重要性
仕事を断ること、これは簡単のように見えて実は結構難しいことです。私はサラリーマンですが、責任者ですので、営業からのプレッシャーを毎日感じながら生活しています。青果加工部門だけで独立した子会社で独立採算性なので、会社の売上が自らの給与に直結します。したがって、どうしたらより収益を上げられるか考えながら、工場長と営業マンという2つの側面を持って仕事をしています。

 さて、青果業界では営業が現場のキャパを超えた注文をとってくることがあたりまえになっています。そのため、現場がアップアップになることが頻繁に起こります。青果物は季節や天候に左右され、需給の繁閑の差が激しいので、現場の体制をマックス時に設定にすることはできないし、ミニマム時にすることも適しません。(この変動の激しさは経営の一番のボトルネックで、私が日雇派遣禁止に反対の理由はここにあります。)現場が飽和状態になっても仕事がどんどん流れてくるときのプレッシャーは相当なものがあります。「できない」と断言するのではなく、残業や外注先などに仕事を委託してできるように四苦八苦するのですが、不可能を可能にするので、「できるんだ」と思った営業はさらに当たり前のように仕事を流してきます。私自身はこれが毎日続くと結構苦しいです。

 外注先がノーと言わないので、私は仕事をできるだけ断らないようにしているのですが、そのかわり外注先にものすごい負担がかかっています。外注先の社長は365日24時間の営業スタイルを貫いていますが、自らの身を削りながらも、仕事を生き甲斐として昼も夜も働いています。昨年のこと、私は社長に負担のかかるのを知りながら、仕事の依頼を出しました。社長が不眠不休でふらふらしている姿を何度も見ました。「ちゃんと寝てよ」と声を何度もかけましたが、ある日の早朝、乗用車を運転中、高速道路の柱に正面衝突する大事故を起こしてしまいました。居眠り運転でした。その日も仕事がパンパンに入っていたため奥さんは病院ではなく、会社に直行して仕事の指揮をとらなければなりませんでした。病院に最初に行ったのは私でした。ベッドの上で社長は声を何度かけても反応しません。実は意識がないのではなく、3日間寝てなかったからです。奇跡的に小指の骨折だけで済んだのでした。

 私はこの事件を教訓に、仕事を断ることの重要性を実感しました。欠品や会社の売上がそれほど大事でしょうか。限界までがんばることは、ある面重要なことですが、それで個人の生活が大変になったり、ストレスになって休職・退職したり、病気になったり、命を落としては本末転倒です。どこまでの負荷をよしとするかは、個人、企業、業界によって異なりますが、受注のルールをきちんと設け、全社的にルールを守ることが必要です。ルールがなければ、いつの間にか基準がぶれていき、自らの首を絞めることになります。断ることは、「自分は無能力だと思われたくない」「やる気がないと思われたくない」「相手をがっかりさせたくない」と思うと、なかなかできないのですが、心を鬼にして断ることは自分のためだけでなく、会社のためにもなります。問題が共通認識されるようになるからです。勇気を持って一石を投じる自分になりたいと思っています。

面接週間
 昨日は、人財研究会に参加しました。改正パートタイマー労働法についてがテーマでした。パート労働者の現状と、この新しい法律の概略、今後の課題などを発表者が報告後、皆で質疑応答になりました。最後はそもそも正社員とは何なのかというような議論になっていきました。

 このテーマは私にとってとてもタイムリーな話題でした。なぜなら、会社でのパートの体制を変えようということで、労働契約書の見直し作業を先週まで行っていたからでした。その際、ハローワークからもらった改正パートタイマー労働法の冊子とにらめっこしていました。

 
 工場長という立場からこの法律を見ると、非常に受け入れ難い気持ちになります。そもそもパートがみんな正社員を望んでいるわけではないと思うのですが、みんな正社員になって待遇の改善を望んでいるという前提条件があるように見えます。

 多くのパート社員(フルタイムパート、短時間パート)と接してきましたが、彼女たちは正社員になると休みが取りにくい、責任が重くなると考えています。つまり「会社に拘束されない気楽さ」をパートの特権と考えているわけです。もちろん、正社員となってバリバリ働きたいと考える人も居ますが、それはごく少数です。このことはパートの働き方に対する価値観は多様であることを物語っています。パート金>時間と考える人もいれば、時間>金と考えている人もいます。

 さて、パートの時給をアップすることが決まり、募集広告に表示する時給は900円から1000円になりました。早速今週広告を出したところ、多数の応募がありました。今までは広告出しても1件も反応ないことが何度もあったのに。やはり時給アップの効力は大きいです。また、今景気が悪いので主婦の方々も働かなければという気持ちが強まっているのかもしれません。今週は面接で大変そうです。
ミクロ視点とマクロ視点
 先日、「内向きな若者たち」という記事を書きましたが、これはミクロ視点になっていることとも言えるでしょう。「勉強法」も「時間術」も「仕組み術」もミクロ視点で書かれています。ミクロ視点は大切で、普段私たちはミクロ視点で生活しています。

 では、マクロ視点はどうでしょうか。「今後世の中はどのような方向になっていくのか」、「世界の今の課題は何なのか」なかなかそのような視点を普段持つことはないのではないでしょうか。自分がどのように行動したって国が世界が変わるわけではない、そんな気持ちになるものです。

  
 自分の人生をよりよく生きるためには、ミクロ視点とともにマクロ視点が必要だと思います。優れた人はマクロ視点を見ながら、今後の世の中や、世界の方向性などを見ています。例えば、ビジネスで成功している人は、未来を先回りして、現在のミクロ視点行動を取っています。そういう意味では投資家はマクロ視点を待たざるを得ないかもしれません。投資家に優れたビジネスマンが多いのはこのマクロ視点を常に持っていることにあるのではないか、今日ちょっとそんな風に考えてみました。

崖っぷちに突き進む羊の群れの一頭にはなりたくないものです。
鹿田さんのセミナーに
 今日は鹿田尚樹さんの『聞くが価値』Vol3に参加してきました。講師は投資と出版で活躍されている午堂登喜雄さんでした。午堂さんは私と同じ歳で同じ岡山出身です。午堂さんの著書は何冊か読んでいて感銘を受けましたが、実は同郷と同年ということでぜひ直接話を聞いてみたいと思っていました。このようなセミナーに出るのは今回が初体験です。

 午堂さんは、本のごとく独自の視点で物事を見つめていく方でした。新刊本も早速読もうと思います。今回のセミナーでは投資は本筋のテーマでなかったので、投資の話はほとんどされていませんが、このような人から投資の話を聞いて勉強していければと思いました。


 さて、鹿田さん自身もご自身のブログについて今回お話しされたのですが、なるほどと思わされる内容が多くありました。今書評ブログがブームですが、鹿田さんのブログの特徴は文章のすべてがセールスコピーになっていることです。ただ、感想を書くのではなく、独自の視点で本の売りを見つけ、セールスコピーを展開していくのです。自己ブランディングという視点から本の内容あるいは文章にスポットライトを当てていきます。書評家というより書評する本屋の店主といってもいいのかもしれません。そして、自己ブランディングしたいと思っている顧客が本を買いたくなるようなセールスコピーを展開していくのです。よく考えているなあと学ぶべきところが多いです。私もいくつかのセールスコピーブログに挑戦したいと思いました。

 さて、今回のセミナーには本の著者や編集者の方も参加されていたようでした。さすがに今の私には自らを売り込める要素もなく、また仕事がまだ途中だったのでセミナー修了後まっすぐ会社に向かいました。初めてのセミナーちょっとほろ苦い思いをしましたが、この経験を次につなげていきたいと思いました。午堂さん、鹿田さんありがとうございました。

 
夢の農業
 先日、あるテレビ番組で「独裁国家で何が悪い」という特集をしていました。そこで、キューバの農業が紹介されていました。今、食料高騰、食糧難という課題に人類は直面していますが、キューバは真剣にこの問題に取り組んできたようです。90年代はじめ、キューバの食糧自給率は現在の日本と同じ40%だったのですが、農業政策により現在は70%まで自給率が高まってきているとのことでた。

キューバの農業政策
①農業をする者に国が土地を与える
②農業に従事する者の給料は他の産業に従事する者の3倍(キューバではどの職業も給料が同じ)
③農村部にも若者が集まるまちづくりをする(ショッピングセンターや遊興施設)


 キューバと言えば、社会主義国家であり、カストロ議長の独裁国家です。独裁国家であるが故にこのような改革が成功したのでしょうが、ここには学ぶべきことが多いような気がします。現在の日本はこの反対の状況です。

日本の農業事情
①農地の転用圧力が強い
人口増加とライフスタイルの変化により土地に対する住宅需要や商・工業用地需要が強くなっており、農地の転用圧力が強い。農地保有者側にも根強い転用期待があり、買い手と売り手の利害関係が一致するため、農地転用圧力は一層強まっている。(農地を転用すると高く売れる)

②農業従事者の所得が高くない
農地面積の小さい零細農家は儲からないため農業から撤退している。

③農村の過疎化
限界集落が増えている。若者の都市への流出により、農業従事者が減っている。


 このように、まったくキューバとは逆の方向に動いているのが現状です。日本が社会主義国家になることはあり得ないですが、やはり農業は市場の手だけに任せておくと廃れていきます。政府はいろいろな農業保護政策をとってきましたが、この現状を見るといまいちだったのではないでしょうか。キューバの農業政策の一番の特徴は、国民が農業をしたいという気持ちになるようにさせていること、つまり農業をすることに対してモチベーションアップするように働きかけていることです。「このままだと食糧危機になる」という恐怖感や義務感使命感だけでは人の心を動かすことはできません。自然に農業がしたいと人々に思わせるようなしくみを作ることが重要です。病気の治療で言えば、対症療法ではなく根本的な体質改善が必要です。

 農地に関して。私も岡山の片田舎の出身ですが、故郷には先祖から受け継いだ少しばかりの田んぼや山などがあります。私が小学生の頃までは、どの田んぼにも野菜や稲が植えられていました。芋を掘ったり、エンドウを摘んだり、父が耕耘機で田んぼを耕すのをよく見ていたものです。秋の青い空を見ると、秋風にそよぐ稲穂や芋掘りのことなどが懐かしく思い出されます。ところが今はほとんどの土地が草ぼうぼうになって放置されています。私は田舎を捨てて都市に出てきた親不孝者です。

 さて、キューバの都市の映像を見ていると結構建物の屋上で野菜を栽培しているのが目立っていました。東京などの都市でも最近は、ビルの屋上などで農産物を栽培する試みが行われているようで、自治体も助成金や減税措置などの優遇制度を設けているようですが、ヒートアイランドを押さえるといった環境側面からの働きかけのようです。これは大切なことですが、環境に反応することができるのはお金持ちなど余裕のある人だけであるため、末端まで広がりません。「環境」という要素だけでは人は動かないのが現状です。

 資本主義社会ではお金の方が食べ物よりも価値があるのです。食料一年分とそれに値する現金のどちらがいりますかと問われれば、ほとんどの人がお金を選ぶでしょう。なぜなら、食料1年分をお金に換えることは、お金を食料一年分に換えることよりも、はるかに難しいからです。モノが増えれば増えるほどお金の価値は上がっていきます。反対にモノが少ない国ではお金の価値が下がっていきます。先進国の人と較べると、飢餓に苦しむ国の人はお金よりも食料1年分を選択する可能性が強いでしょう。何が言いたいのかというと、消費社会では農業をやるよりも他の職業に就いた方が儲かるのならば誰も農業をやろうとはしないのです。

 さて、クロージングが難しくなってきました。農業をやれば公務員の3倍の年収を国が与えるなどという暴論をいうつもりはありません。そもそも今日はテレビを見た感想だけ書こうと思ったので、後半は余計なものかも知れません。何かのヒントになれば幸いです。


マスコミの風評
 ここのところ値上げの話が当たり前のように飛びかっています。今日も業者の社長さんと値上げに関する話をしていたのですが、「値上げは大変です。でももっと大変なのは取引先が中国餃子事件のあおりを受けて民事再生法を受けてしまったことです」社長はやりきれない表情で私に話してくれました。

 民事再生法の適応を受けたのは、かつて私が水産会社時代につきあいのあった水産加工品会社のS社でした。S社は中国餃子事件が起こる前まで業績が好調で、もうすぐ上場というところまできていました。ところが、餃子事件の影響で一気に経営不振に陥ってしまいました。JTフーズのような大企業なら何とかなるのかも知れませんが、中小企業の経営基盤はもろいものです。

 「S社は事件と直接関係がないのにもかかわらず、○○ステーションという報道番組に社名入りで報道されました。S社の人たちは、何も悪いことをしていないのにそのような目にあって、やりきれない思いをしています。」社長の言葉を聞いて、私はマスコミの風評被害以外の何物でもないと思いました。

 実は以前、この事件のマスコミの風評被害についてブログで書いたことがあります。この事件に限らずマスコミの風評つまりマスコミの2次災害はいろいろなところで出ています。今回のリーマン証券の破綻のニュースにしたって、マスコミの大げさな報道によりそのあおりを受ける人たちが多くいることでしょう。関係のない者まで十把一絡げにして、事件に巻き込んでいくマスコミの責任は重大です。

  以前の記事 中国餃子事件に関するマスコミの功罪

 きっとマスコミ関係者は、会社がつぶれても、自殺者が出ても、「あれはあの事件が悪い、容疑者のせいだ」といって逃げるのでしょう。また、マスコミの風評について、批判する人をテレビ番組で見たことがありません。討論番組や時事番組を見ていても有名な学者、財界人、文化人など誰もが言いそうな当たり障りのないことを発言するばかりで、マスコミについての批判はタブーのようです。まあ、テレビ局からギャラをもらっているのでマスコミ批判しようものなら自殺行為ですね。

 今日はちょっと過激な意見になったかもしれませんが、たまには暴論もいいでしょう。 

 今日の提案  マスコミの風評被害を訴えよ 
 

戦略実行のボトルネック

 先日、診断士の勉強会に参加してきました。仕事の取れる診断士、稼げる診断士というような内容がテーマだったのですが、講師の先生が提示してくれた資料の中に、「診断士の実務支援能力の成熟度」という興味深い資料がありました。

実務支援能力の成熟度(新人診断士へのアンケート結果)

①戦略立案能力         62.5点

②ファシリテーション能力    64.5点

③分析能力            70.0点

④ソリューション能力      60.0点

⑤成果実現能力         55.5点

このアンケート結果から、分析力には自信があるが、問題解決力が足らないと思っている診断士が多いことがわかります。このことは、診断士のみならず、おそらく一般のビジネスマンについても当てはまるのではないでしょうか。「問題点を指摘する人は多いが、問題点を解決する人は少ない」というのが現状だと思います。そのような中で、稼ぐ人は間違いなく問題を解決できる人です。 頭のいい人は分析力が優れています。それこそ今流行のフレームワーク術など朝飯前というビジネスマンは数多く存在します。SWOT分析、5フォース分析、BCGマトリクス分析など、特に今は勝間和代さんの本などの影響もあって、やる気のある人はみんなこのようなことを知っているのではないでしょうか。

 分析して問題点と課題を指摘するところまでは、結構できるものです。その次が解決策(戦略)を示すこと。ところがこれが結構難しいのです。なぜなら、解決案(戦略)は実行可能なものでなければならないからです。その会社の経営資源(ヒト、モノ、金、情報)から大きくかけ離れた解決策は絵に描いた餅に終わってしまいますので、現状にあった具体的な解決案が必要です。

 そして、次に来るのが解決策(戦略)の実行です。ここで一番ネックになるのがヒトの問題です。会社である以上一人で戦略を立てて一人だけ実行するということは不可能です。一人で事業を始めるという場合でも、家族を説得して協力してもらうということが必要という点では、会社の戦略だけでなく、人生戦略の実行も一人では不可能ということになりますが・・・。そういう意味では、戦略の実行というのは大変泥臭い、負荷のかかるものだと言えるでしょう。

 「戦略」という言葉の意味を考えてみてください。「戦(いくさ)」ですよ。私は戦争を経験したことがないので、戦争の大変さというものを身をもって体験したことはありませんが、世界各国で起こる戦争を見ていると、その現場の生々しさ、大変さを想像することがある程度はできます。軍の上層部が戦略を立てるのはかっこいいことかも知れませんが、実行する方は体裁などにかまっていられません。会社で生きるか死ぬかというようなことは考えなくてもいいですが、戦略に反対する者、無関心を装う者、実行してもうまくいかないことに不平不満をいう者、そういった意見に心が揺れるリーダー自身というように論理だけでは解決できない「情」を中心とした数多くの問題が現場には横たわっています。ここでは、忍耐力、交渉力と言った戦略立案とは明らかに違う能力が必要です。

 さて、酒井穣さんの『あたらしい戦略の教科書』は戦略とは何かということから、戦略の立て方、戦略の実行までがわかりやすく具体的に書かれています。そして、この一連の流れの中で、常に人にスポットが当たっていることが特徴です。前著『はじめての課長の教科書』もそうですが、トップダウンではなくボトムアップよりの視点にたっており、現場の人の心理あるいは個性といったものにスポットライトが当たっています。

あたらしい戦略の教科書あたらしい戦略の教科書
(2008/07/15)
酒井 穣

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 さて、戦略という言葉は私はあまり好きではありません。さきほど述べたように「戦(いくさ)」のイメージがあるからです。資本主義経済社会は弱肉強食の社会なので、戦略という言葉に違和感を感じる人は少ないのかも知れませんが、何の違和感もないということは弱肉強食社会に対して何の違和感もないと認めているのと同じことなのではないでしょうか。詭弁のようになってしまいましたが、「儲ける仕組み」とか「計画」とか何かもっと適した言葉はないのかと思ってしまいます。経営学はアメリカから入ってきたものなので、英語の「strategy」という言葉がそのまま用いられてるようですが、もっといい表現はないのでしょうか。

 最後に、戦略とともによく語られる孫子の『兵法』について。孫子の『兵法』ももともとどうしたら戦をしなくても済むかという所から生まれてきたものです。少なくとも戦略が利己的な人間の思いによって一人歩きすることは孫子が望んだことではないはずです。


労働者のうらみ
 汚染米の話が毎日のようにニュースで取り上げられていますが、そのような中、春に起こった毒入り餃子事件の容疑者は天洋食品の従業員であるというニュースが小さく取り上げられていました。

 私はこのニュースを見て、事件当時の知り合いの中国人の言葉を思い出しました。「この事件は内部の労働者の犯行よ。中国は人が多すぎるから、雇用条件が厳しい。女は30歳を過ぎるとババア。30歳になったらみんな解雇。だから会社に恨みがある。」どうも、このような事件は中国国内ではよくあることのようです。天洋食品は儲かって一人勝ちしていたようですから、内部労働者以外のやっかみもあったかも知れませんが。

 食品問題として捉えるか、労務問題として捉えるか、社会問題として捉えるか、中国の食品問題の裏側には、食品の品質管理以外の問題がたくさん横たわっています。中国は高度経済成長時代にあるから、日本が高度経済成長時代に出した公害問題と同じようなことをするのは避けられないという意見もありますが、時代が大きく異なるのでそんな単純なことは言ってられないでしょう。

 資本主義経済の中では、必ず格差が生まれるようになっています。中国の問題も格差の問題と言ってもいいと思います。そういう意味で、この事件は秋葉原のテロ事件と軸を同じくする事件だと言えると思います。逆に言えば、日本の食品は安全だと言われていますが、このまま格差が大きく広がって来れば、従業員の中に毒物を混入する者が出てきても不思議ではありません。

 私は前に日雇い派遣について、書いたことがあります。労働者と会社のニーズが一致するなら、日雇い派遣サービスは非難されるべきものではないと書きました。

>http://19971129.blog47.fc2.com/blog-entry-83.html

 毎日、派遣社員のリストが私の手元に送られてくるのですが、その書類には「2ヶ月以内の雇用のため社会保険適用外」と記入された欄があります。社会保障制度を守ると会社が成り立たないというのは、私も管理者側の人間なのでわからないこともありませんが、このような状態で問題なくずっと続けることができるとは思っていません。それこそテロが起これば、そんな小細工など吹っ飛んでしまうのですから。
料理人の夢~独立~
 昨日は、知り合いのシェフのお店に行ってきました。シェフは学芸大前にあるチャイナムーンの関根シェフ。水産会社時代に大変お世話になったのですが、そのころは西麻布の名店麻布長江のチーフをされていました。実は先日、3年ぶりに麻布長江へランチに行ったのですが、そこでチーフの独立したことを知ったのです。独立したのは2年半ぐらい前とのことでした。

 日曜日の昼だったので、シェフと独立に関する話などを結構長時間することができました。独立するということ。確かにお金もかかるし、プレッシャーも大きいけれど、「ぜひ挑戦したらいい」と親身にアドバイスしていただきました。私は料理人ではないけれど、独立に関しての心構えと姿勢は業種に限らず普遍的だと思いました。

 現在、転職あるいは起業の時代だと言われていますが、料理人の世界にあってはずっと前からそれが当たり前の世界でした。ホテルからレストランまで数多くの厨房に出入りしてきた私は、料理人のキャリアモデルがどういうものなのか自分なりに観察してきました。彼らの世界は普通の会社のサラリーマンの世界とは全く違います。サラリーマンのような手厚い待遇はありません。(ホテルなどの大きい組織のところは別ですが)そして、目標は独立で、名店であろうがずっと同じ店に居ようと考える人は少ないです。(いないかもしれません)だから、とてもハングリーな世界です。

料理人のキャリア

①料理人→②料理長→③独立(オーナーシェフ)

独立した人は、たいがい料理長を経験しています。小さな店でも、料理長になることが独立へのステップになるようです。サラリーマンで言うなら課長のポジションでしょうか。技術力とマネジメント力この2つの力があれば独立は具体的に見えてくるのでしょう。

 私もこの料理人のハングリー精神でもって自らの道を切り開かねばと改めて思いました。飲食業というのは、本当に都内にはいっぱいあって競争は激しいです。そのような中で、差別化戦略を立てて、毎月のキャッシュフローをプラスにしていくのです。商品(料理の腕)の実力とマネジメントの実力があってこそできる世界だと思います。
0点の仕事
 仕事で部下が次のようなケースに遭遇したらどうしますか?在庫管理で在庫が合わないために、えんえんと調査をして、残業が発生してしまった。しかもそれが2~3時間もかかってしまった。誰もがムダな仕事と思いながらイライラしながら取り組むでしょうが、私は0点の仕事という判断を下します。

 かつて、小学生の頃私はテストで0点を取ったことがあります。一番最初の問題とにらめっこしながら、答えがわからないまま60分経ってしまいました。このように、ひとつのことをえんえんと考えて前に進めないでいると何の成果も生み出すことができません。当たり前のようなことですが、結構これができない人が多いのではないかと思うのです。例えば職場でもパート社員のおばちゃんたちを見ていると、これができない人が実に多い。あなた何年生きてきたのと思ってしまうこともあるほどです。

 なぜ、こんなことができないのか、それは小さなプライドに固執して、大きなプライドを見失っているからです。これは言葉を換えれば、プライドにこだわるあまり今自分がすべきことの優先順位がわからないということです。まさにこれと同じような次のような経験が私にもあります。

①試験の第1問目にこだわり続ける。例えば中小企業診断士の2次試験の第1問目は結構答えやすい問題なのですが、ここで点を取らなければと思って必要以上に時間をかけて完璧をめざそうとする受験生が結構います。こうなると、残りの問題にかける時間がなくなって、焦って自滅です。

②ブログネタをコンピュータとにらめっこしながらえんえんと考える。ブログを更新しなければと、コンピュータの前で考えながら、いつの間にかネットサーフィンをしてしまいます。気づけば2時間くらい経ってしまって何もできていない自分に嫌気がさすものです。

③自己啓発本を読み漁る。何かをしたいのだが、行動に移すことができないので、ひたすら本を読んで自己満足の世界に浸ります。数万かけても、何の成果も出せず、お金だけが出ていき、出版社、書評ブロガーのセールスコピーにはめられた自分に気づくのです。

これらの問題の根っこは同じだと思っています。このような0点を避けるためには、

①自分は完璧だと思わない。
②人と比較しない
③結果にとらわれない
④いつもと違った自分を演じてみる
⑤思いついたままに行動してみる



等があります。0点だけは避けたい。そう思いながらこの過ぎ去っていく時間を有意義に過ごしたいものです。
音楽を聴くことはカネにならないのか
 今年は秋が来るのが早いですね。青い空を見ていると、風にそよぐ稲の姿や、畦に並んだ彼岸花、田んぼの上を舞う赤とんぼなどが懐かしい思い出と一緒に私の頭の中に浮かんできます。田んぼのない都会で暮らしている身ですが、育った田舎で築かれた感性はずっと我が身から離れることがないのでしょう。

 私の趣味はクラシック音楽鑑賞です。1日1時間は音楽を聴かないと生きている実感がありません。勉強の時間、読書の時間も大切ですが、音楽を聴く時間は削りたくないと思っています。音楽を聴いているとき自分で言うのも何ですが、きっと心が生き生きしているのでしょう。ちなみに、私は音楽を聴いたことを形に残したいので『やっちゃば士のクラシック今日の一曲』というブログを書いています。実はこのブログのアクセス数はこの本体ブログ(経営を楽しむブログ)よりもはるかに多いです。

 ところで、ただ漠然と音楽を聴く。これは意味のないことなのでしょうか。時間術や自己啓発系の本の中に、「時間を時給換算して考えなければならない」とか「消費はお金のムダ」などといった記述をよく見かけますが、このような本ばかり読んでいると息が詰まりそうです。私もこういった本を崇拝する信者の一人ですが、そういったものばかりに、時間とお金を投資していると人生の一部分しか見ていないような気がして、これではいけないと私は、音楽を聴いたり、料理を作ったり、子供と遊んだりします。

 前置きが長くなりましたが、音楽家であり、キャリア教育家であるフランソワ・デュボアさんの『デュボア思考法』は大変興味深く読ませて頂きました。本の内容については、多くの書評ブロガーたちがキャリアデザインという観点から書いていると思うので参考にしてみて下さい。

 私はキャリア関係の本はあまり好きではありません。なぜなら読んでいてもあまりおもしろいと思った本に出会った試しがないからです。デュボアさんは言います。「キャリアといえば、仕事のキャリアを思い浮かべる人がほとんどだと思いますが、そうではありません。キャリアを考えるとは、人生そのものについて考えることなのです。」私がキャリア本をおもしろくないと思ったのは、既存のキャリア本の多くがキャリアを仕事という観点からしか捉えてないので、どこか不自然さと表面的な内容を感じたからかも知れません。

 あと、デュボアさんは「音楽」と「運動」の大切さを説きます。「音楽」と「運動」両者に共通するのはリズムです。私たちは普段、知覚、思考、推理、記憶などといった知能を司る部分で問題を解決しようとしてしまうのですが、「音楽」は脳の情動を司る部分が働くので、眠っている才能をあぶり出したり、感性を磨いたりしてくれます。「運動」も動物的な鋭い感覚を呼び覚ませてくれます。
 
 音楽を聴くことが無意味ではないんだと、この本をよんで少しうれしくなりました。また、運動を意識的にもっとしなければと強く思わされました。ここのところ、体が重く何か切れの悪さのようなものを感じています。「太っている人はいい仕事ができない。」この言葉を肝に銘じてがんばりたいと思います。

デュボワ思考法デュボワ思考法
(2008/08/01)
フランソワ・デュボワ

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昔話の解釈
 子供を寝かしつける前に絵本や昔話を読んであげるようにしています。私は、幼稚園の先生のように抑揚をつけて読んでいるわけではないのですが、子供たちは目を輝かせながら聴いています。

 ところで、ふと思ったのですが、『こぶとりじいさん』『したきりすずめ』、海外の童話では『金の斧、銀の斧』など、正直者と欲深者の寓話について、ちょっと別の見方ができるのではないかと考えました。

 正直者は成功者です。欲深者は成功者の真似をして成功しようとします。まねをして失敗するのですが、成功者のまねをすることは成功の王道です。もちろん、商売では売りたいという下心丸出しではうまくいかないと思いますが、まねをするというのは非常に大切なことだと思います。「人の真似をするのは良くないことだ」私たちは知らず知らずそのような価値観を教育されてきたような気がします。そして、こういった価値観というのは親から子へと自然に伝わっていきます。

 「形だけでもまねてみる」ことは重要です。欲深者は「形だけまねて、心はまねすること」ができませんでした。寓話は心の持ち方、つまり正直な心の重要性を述べようとしていることを子供たちは感じることができると思いますが、成功者のまねをすることは悪いことだと付随的に感じてしまうところがあるのではないでしょうか。

 寓話は物事の真理、エッセンスが詰っていて大変道徳教育には優れていると思いますが、100パーセント正しいこと、常識だと思い込むことはイノベーションの妨げになるのかもしれません。イソップ童話『アリとキリギリス』はそのような代表的な例だと言えます。少なくとも、大人になってからは寓話でさへも自分の目で疑ってみるということも成功には必要なのかもしれませんね。
自己実現の欲求
 今日は、じぇいさんのブログ「マネジメント・キャリア~日々の思いから~」にマズローの欲求5段階説が記載されていたのに影響を受けて。

 マズロー博士の欲求5段階説は、言わずと知れたモチベーション理論のひとつです。人間の行動は欲求に基づくと言うことを前提に、欲求レベルを5段階のピラミッド図式で説明しました。

第5段階 自己実現の欲求
第4段階 承認の欲求
第3段階 所属の欲求
第2段階 安全の欲求
第1段階 生理的な欲求

 ピラミッド図がうまく書けなかったので、文字だけを並べてみました。低次元の欲求が満たされると、次の段階の欲求が生じるようになっており、第1段階から上の段階にレベルアップしてきます。この説明は非常にわかりやすく、フレームワークとして使えると思いますが、第5段階自己実現の欲求は、わかっているようで、実はわかってないことが多いような気がします。

 そもそも自己実現とは何なのでしょうか?希望の職に就くことでしょうか?希望の会社に就職することでしょうか?キャリアアップすることでしょうか?人それぞれにいろんなイメージを浮かべることと思いますが、自分が思い描いた自分の理想像になることではないかと思うのです。もちろん、この理想像は人によって様々なレベルの違いがあります。例えば、心が常に満たされている状態になることという内面的な世界をもって自己実現とするのと、資格を取って独立するという外的な内容をもって自己実現とするというふうに。人間の欲望にはきりがありません。自己実現は一生かかっても、まだたりないというようなとてつもない世界のように感じてしまいます。

 マズロー博士の著書に『完全なる経営』や『完全なる人間 魂のめざすもの』というのがあります。私はこれらの本を読んでいませんが、本のタイトルからして、内的、宗教的な雰囲気を感じます。そう言えば、稲森和夫さんも経営を極めた結果、宗教の世界に入りましたね。私は、こういった例を見ると、経営と人生は繋がっており、自己実現は人生レベルで考えるべきものであると思ってしまいます。

 さて、この5段階説を仕事のモチベーションのフレームワークとして、割り切って捉えても何ら問題はないと思います。ただ、自己実現とは何か、回りの意見や常識に流されず、自分の心の願いに素直に従いたいものです。そして、どんな仕事がしたいかではなく、どんな人生を送りたいかという視点から眺めてみることが大切なのではないかと思います。

 私は自己実現できていない身なので、何か吹っ切れない内容になってしまいましたが、もう少しレベルアップして、説得力のある話ができるように努力したいと思います。

 
















内向きな若者たち
 福田総理が辞任し、政局の注目は自民党総裁選一色になっています。テレビのニュースはこれ一色で、勝手にしろと思ってみている人も多いのではないでしょうか。ふと、そんな思いになっている自分に「それでいいのか」と問いかけてみました。

 若者の政治離れと言われて久しいですが、若者の関心はどこに行ったのでしょうか。年金問題、ワーキングプア問題と若者にとって希望がもてないないような内容が多くある中で、若者にも2極化の傾向があるようですが、どちらも根底には「自分の身は自分で守る。誰も自分を守ってくれない」という強い気持ちがあるような気がします。

 私は本屋さんなどの店頭で、最近よく思うのですが、昔と較べて政治の本、時事論の本、国際情勢、国際問題の本が少なくなって、ビジネスの本、自己啓発の本が増えているような気がします。もちろん、自己啓発やビジネスで成功することは誰しもが願うことですが、多くの人が「自分の身は自分で守る。私は負け組はいや」という心から、前向きに生きていこうとしているように感じることがあります。「政治の問題」「社会の問題」「国際社会の問題」「環境の問題」など、自分とは直接関係がないように見える問題には無関心で、自分が成功することばかりに気をとられているのではないでしょうか。

 ボランティアや社会運動といったものも少なくなっているようにも思います。現代社会は成熟化した社会なので、昔と単純に比較することもできませんが、それにしても人の気持ちが内向きになりすぎているように感じてしまいます。「世界のため」「国のため」「社会のため」「子孫のため」「環境のため」
このような概念は絵に描いた餅に過ぎないのでしょうか。純粋な利他的な思いがこの国からなくなっていくのでしょうか。もちろん、そのような中でも社会起業家と言われる人たちの活躍があることも事実です。

 上記の私の思いは、客観的な事実に基づくものではなく、あくまでも私が社会と触れる中で素直に感じた思いに過ぎないことを断っておきます。
不思議な中国人
 私は毎日のように仕事で中国人と付き合っています。関係から言えば、私は彼らから見るとクライアント、つまり仕事を発注する立場にあります。

 彼らはどんなに多くの仕事でもこなし、決してノーと言いません。日本人が1時間で100仕事をこなすとすれば、彼らは同じ時間で200の成果を出します。そこには、日本人の忘れたがむしゃらの向上心と、同族の会社を守るという強い心があるように思います。

 中国人は家族のように強い結束感で結ばれています。その関係の基礎には儒教があると思うのですが、その強さは半端ではないです。血縁、地縁を辿って彼らは集まってくるのですが、その血縁、地縁の強さに私はすごみを感じています。日本人の中には「中国人は仕事が雑だ」と見下す人が多いのですが、彼らは味方の言うことには100パーセント従います。このことは、中国人たちが「私」を味方としてとらえるか、心を許せない人ととらえるかによって180度変わってくることを意味します。

 このような中国人の基本的な考え方を見事に記したのが、『中国人のビジネス・ルール兵法三十六計』です。この本に書かれている基本的な考え方は

中国人は身内には儒教で接し、外人には兵法で接する

です。著者の梁増美さんは、日中の企業のトラブルがなぜ起こるのか、それは日本人が中国人の基本的な考え方を知らないからだというところから、この本を書いています。身近に中国人と接している私はとても面白く読ませていただきました。
中国人のビジネス・ルール 兵法三十六計中国人のビジネス・ルール 兵法三十六計
(2008/06/15)
梁 増美

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在庫管理の基本
 私の現場の仕事は、仕事の波が大きいのが特徴です。仕事が少ない日は、現場のメンバーを早く帰し、多い時は残業をしてもらうという、責任者として大変悩ましい決断をしなければなりません。仕事を平準化することによって、このギャップを小さくしようとするのですが、平準化はジャストインタイムとトレードオフの関係にあります。

 ジャストインタイムの考え方は、不必要な在庫を持たない、あるいは在庫を全く残さないということにあります。したがって、材料や資材などの調達ロットが小さくせざるをなくなります。また加工生産も見込みで作るということができなくなり、結構、人が働くという観点からは厳しい仕組みです。

 さて、資材の発注の件ですが、工場長として、工場内の整理整頓を考えたときは、やはり小ロットの発注でムダな在庫をなくし、空きスペースを多く確保したいという気持ちが強いです。様々な種類のダンボールを発注していますが、これが結構場所をとります。業者さんの都合で、最低ロット、納品日が決まっているためどうしても必要以上に在庫を置くようになってしまいます。

 今、紙製品、石油製品の値上げの話が私の所にもばんばんきています。値上げは確かにきついです。何とか安くしようと、発注ロットを大きくしたら値上げを押さえられないかなどと考えてみるのですが、そんなことをしたら不良在庫が増え、現場の作業効率も落ち、整理整頓、キャッシュフローも悪化します。つまり、現場的にも経営的にも何一ついいことがないということになります。
 
 ロットと価格もトレードオフの関係にあります。むやみにどちらか一方だけとることはリスクが大変大きいです。過去のデータと需要予測から、最適在庫を計算し、それに基づく、発注と現場オペレーションをなしていくことが望まれます。

資材の発注方法
①定時発注 使用量、使用頻度の高いもの  例 1週間に1回 量は変動してもいい
②定量発注 使用量、使用頻度の低いもの  例 在庫が100を切ったら発注する

業者への要望
①小ロット多頻度納品、在庫のストック

資材の管理
①先入れ先出しのルール
②置き場を定める
③不良資材の返品と速やかな破棄
④資材の標準化を進める

新聞読んでないな
 これから毎週のように、会社のパートの募集をかけるのですが、フリーペーパーにするか折り込み広告にするか結構悩みました。主婦層をターゲットとしているので新聞折込がいいようにも思いますが、過去の実績からすると、フリーペーパーも新聞折込も互角といったところです。

 ところで、主婦層であれば新聞をとっているだろうと多くの人が思うかもしれませんが、新聞を取っている世帯主はいつ新聞を読んでいるのだろうかと考えてしまいました。なぜなら、私はほとんど新聞を読まないからです。最近は全くといっていいほど読んでいませんし、もちろん購読もしていません。ビジネスマンとして診断士として、あまりいいとは言えないのかもしれません。独身時代の頃は新聞を熟読していましたし、つい昨年までは購読もしていました。新聞を購読しなくなったのは、新聞を読む時間がもったいないと思うようなったからです。

 新聞記事には自分が必要な情報はほとんどないことが多いのです。興味のある情報なら、新聞を読むより、人に聞いたり、本を読む、あるいはネットに接続する(ブログ)方が、内容も濃いし、よっぽど有益だと思ってしまいます。重大な事件などの情報は、普通に生活していれば自然に入ってくるし、専門筋な情報でも、その道のプロがブログなどに「新聞に載っていました」とわざわざ書いてくれるので、それを見れば十分です。(新聞情報はブログネタにはいいかもしれません)。

 新聞の情報はオリジナルでなくても十分です。なぜなら、新聞の記事は客観的事実を述べたものがほとんどで、どんなに独自的な情報でも、それは客観的事実としての情報に過ぎないからです。だから、人づてでも価値は落ちません。一方、本は人づてより、直接読むべきです。著者の言いたいこと、メッセージは人によって感じ方、感じる部分が異なるからです。

 さて、何だか自分が新聞を読まないことを正当化するような文章になってしまいましたが、新聞をじっくり読む生活には実はあこがれいています。


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