やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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すさまじい派遣切り
 雇用契約を更新されなかったり、契約途中で打ち切られたりする、いわゆる「派遣切り」などで失業した非正規労働者が10月以降、来年3月までの実施予定も含め、全国で3万人に達することが28日、厚生労働省のまとめで分かった。
 全国の労働局やハローワークを通じて企業に聞き取り調査を実施した。それによると、契約切れなどで職を失った労働者は派遣が65.8%と最も多く、次いで期間工などの契約社員が19.2%を占めた。
 大半が製造業で働いていた人たちで、都道府県別では、自動車関連のメーカーが集まる愛知(4104人)が飛び抜けて多く、岐阜(1986人)や栃木(1680人)、長野(1616人)、広島(1568人)も目立った。(時事通信)


 すさまじい派遣切りの嵐です。アメリカの金融危機によって、一番最初に職を失ったのは、破綻した金融・証券会社の人たちでしたが、その次に影響を受けたのが、円高不況のあおりを受ける輸出関連メーカーです。金融業界はお金を動かすだけなので、人手をほとんど必要としないビジネスであり、 また、金融に詳しい専門能力をもった社員なので、転職も大変ではありません。しかし、製造業となると全く話が別です。製品メーカーをトップに、その下に多くの部品メーカーが連なるピラミッド構造となっています。そして、現場はほとんどが派遣社員で構成されています。

 北京オリンピック前は景気が非常にいいと言われていましたが、中小企業で働く人たちはその実感があまりありませんでした。今回は逆に不況ですが、製造業以外の中小企業で働く人たちはあまり実感がないのではないでしょうか。このことは、輸出型メーカーの経済力に、国が大きく頼っているということを意味しています。

 景気が上向けば、「人が足らない」と求人倍率が高まりますが、製造現場での求人が高まるだけです。円買い、円売りに合わせて、失業、雇用が繰り返される、まさしく、現場の労働市場はヒトという商品が売り買いされるようなものです。現場なくして企業は成り立たないのですが、現場で働く人たちの待遇は厳しいです。なぜなら、現場で働く人たちは代替性が大きいからです。代替性が大きければ大きいほど、価値は低くなります。失業者が増えるということは、代替性が多くなることなので、余計に条件が厳しくなっていきます。

 ところで、人は誰しもが唯一無二の価値を持っており、代替性のないかけがいのない存在として認められてもらえなければ、幸福を感じることができないようになっています。人は一人では幸福を感じることができません。幸福は人との関係性の中で生まれます。誰しもが平等に幸福を感じることができるのが、家族との関係性です。親、夫婦、子供との関係、血のつながりというのは代替性がありません。したがって、本来家族との関係の中に幸福を見いだせなければおかしいと私は考えています。

家族関係の幸福なくして、社会的な幸福(成功)はなし。

 今の社会は完全競争社会です。雇用の問題をどうのこうのなど、無力な私にはどうすることもできません。ただ、こういうときだからこそ思いを家族の方に向けてみたらどうでしょうか。妻、子供に普段どのくらい関心を持って接しているか。また、独身者の人は親のことを考えてみてください。親にパラサイトすることのどこが悪いのでしょうか?不安定な雇用の中で独りで悶々と過ごすよりも、精神的に楽なはずです。結婚だって、結婚できない原因が生活力にあるのなら、親と一緒に生活しているほうが却ってしやすいかもしれません。身寄りがないのなら親友を作るべきです。代替性のない自分という価値を感じながら生活できる環境がどこにもなくなったとき、悲劇は起こるのです。

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団塊ジュニア世代への共感
 共感について。私たちはいろいろな本を読んだり、人の話を聞いて共感をします。共感には2つの側面があるように思います。

①知的な共感
②情的な共感


①知的な共感は、学ぶ、知る、勉強するといった姿勢、行動の上に生まれます。言葉で言うと「なるほど」。②情的な共感は、日頃意識的あるいは無意識に抱いている様々な思い、価値観と対象(例えば著者、人)の思い、価値観が重なり合うことによって生まれます。言葉で言うと「そうそう」。当然、①と②はセットで働くので、知的のみの共感、情的のみの共感というのはあまりないと思います。

 さて、ブログでの人間関係、コミュニケーションはこの共感力によって築かれていくものです。知的な共感、情的な共感、あるいはその両方の共感によって引き合うのですが、共感の深さというのはどういうところから生まれてくるのでしょうか。共感には象徴的共感と全体的共感があると私は考えています。

①象徴的共感 対象(人)がある一点において自分と同じ キーワード共感
②全体的共感 対象(人)が多くの点において自分と同じ キーワードも含む全体共感


 ちょっとわかりにくいので、例を挙げます。例えば、ある成功者の本があったとします。その人がどんなにすばらしく学ぶべき点が多かったとしても、その人が女性で独身者であれば、成功のノウハウという一点においては学べても、どこかに「女性で独身だからできたのではないの」などという思いが残ってしまうものです。ところが、それが男性で、妻子持ちであれば共感が強まります。こういった自分と共通する要素が多ければ多いほど共感が強く(深く)なります。もちろん、共感の根幹は外的な境遇の一致ではなくマインド、生き方、考え方、価値観の一致にあります。

 ところで、私は36歳という微妙な年齢なので、結構「年」というキーワードに反応することが最近とても多くなっています。例えば、本を買うとき。プロフィールを見て著者が36歳で妻子持ちなら買うことが多いです。さらに岡山県出身となるとなおさら買う確率は高まります。ブログでの交流を見ていても今コメントの交流があるのは、hirutonさん、やまいもさん、リックルハングさんと不思議と年も家庭環境も似通った方たちです。また、『はじめての課長の教科書』の著者である酒井穣さんのブログ『NED-WLT』はよく見ます。酒井さんは今や日本を代表する著者で外国暮らしですが、年は私と同じで家庭を持たれています。次のような記事は非常に共感するものです。

酒井穣さんのブログ『NED-WLT』



ちょっと疲れたときは

 寒い風。冬がもうすぐそこまで来ていることを感じさせてくれます。気持ちが落ち込んでいるときは、この風の冷たさが本当に身にしみるものです。「自分にとってブログとはなんだろうか」まだこの問いが続いています。

 職場での閉塞感。私が資格にチャレンジし、ブログを始めるようになったのは、この閉塞感を何とかしたいという気持ちからでした。向上心のある人たちとの出会い、そういったコミュニティへの参加。私は前職で解雇され、その時長女が生まれる時だったので、焦りに焦りました。フリーター→中小零細企業(水産)というキャリアしかない身で、この大都会東京でまともな就職口があるのだろうか?営業職だった私の頼みは紹介しかないと思いこんでいました。そんな時、声を掛けてもらったのがやっちゃばの会社でした。

 今の会社に勤めて5年をちょっと過ぎたところですが、やっちゃばというコミュニティに対しては、未だに違和感を感じているというのが正直な気持ちです。「石の上にも3年」ということわざがありますが、この言葉を信じて前向きに頑張ってきました。収入は前職よりもはるかに上がりました。それでも、「自分の求めているものと違う」という違和感は一向に解決しないのです。この違和感を解決するため資格によって新しい世界、コミュニティへの参加を企てました。資格は取ったものの、やっちゃばという職場環境は、まるで交通手段の断絶した孤島のようでした。そこでブログでの情報発信を始めることにしたのです。

 さて、そんな私が今日も読んだブログ関連本。増田真樹さんの『超実践!ブログ革命』。ちょっと古い本で、まだブログ人口が400万人と言われていた時代のものですが、この本には時代が変わっても変わらない価値観が書かれています。テクニックや売る技術とは一線を画した「ブログの普遍的な価値」を教えてくれる良書。『ブログ道』とともにブログに迷った時に読みたい1冊です。


 ブログの正しい育て方~10年後の自分への手紙~ より

「人生は旅である、目的ではない」

ブログは最終的な人気や評価ではないのです。ブログを続けること自体が人生そのものなのです。

超実践!ブログ革命―共感が広がるコミュニティ作り (角川oneテーマ21)超実践!ブログ革命―共感が広がるコミュニティ作り (角川oneテーマ21)
(2005/12)
増田 真樹

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食品リテラシー
 大手スーパーが食料品のディスカウント店を新たに展開しているようです。ここのところの不況で、少しでも安く買いたいという需要を見込んでとのことだと思いますが青果卸売業者の立場から言えば、「またか」という気持ちです。

 「安く売ればいい」顧客サービスを考えたときに、当然この視点を外すことはできません。ところが、安く売るということは、いろいろなしわ寄せもまた引き起こしてしまうものです。

① 卸売業者、産地の収益を圧迫する
② 価格のバランスが崩れる
③ 農業を衰退させる
④ デフレスパイラルを引き起こす


 低価格ばかりを追求すると、供給者に負荷がかかるだけでなく、消費者の購買力も弱めてしまうことになります。供給サイド(中間流通に関わる者も含む)には、収益が低下、低賃金、モチベーションの低下、長時間労働などの影響を与えます。また、消費者側には、安くて当たり前という意識が根付いてしまいます。その結果高くていいものが売れなくなり、安くなければ売れない、安くなければ買わないという負の循環が生まれてしまうのです。また、供給サイドで働く人たちの生活レベルが低下することで、消費者としての彼らの購買力も当然弱ります。これは、何を意味しているかというと、経済活動に「一人勝ちはない」ということを意味しています。低価格路線で「一人勝ち」しようとすると、周りの経済力を弱め、結果的には「一人勝ち」できないようになってしまうのです。

 卸売業者を通さずに、産地直送すれば、収益は圧迫されないだろうと考える人も多いと思います。実際に流通オペレーションをやってみるとわかりますが、産地→小売店というダイレクト流通には、商流と物流の2側面があります。商流は簡略化できても、物流あるいは、それに付随する作業を簡略化することはできません。これは物量が大きくなるほど難しくなります。したがって、物流コスト、作業コストは必ず発生するので、トータルコストはそれほど変わらないのです。

 さて、農産物、水産物は自然の影響を受けるので、価格が上下します。高いときは高く(もちろんできるだけ安く売る努力は必要です)、安いときは安く、売って買うのが自然だと思います。食は誰しもが生活するために欠かすことができないので、低価格での供給は重要です。それでも、いつも低価格という意識が当たり前になると、作り手の苦労や食品の品質、価値に対する意識が低下してしまいます。別の言い方をすれば、物事を考えなくなるということです。即物主義と言ったらいいでしょうか?昨今の食品の問題の根っこは、食料があまりにも安易に手にはいるため、食品に対して何も考えなくなっていることが原因だと私は考えています。農産物、水産物をはじめとする食料品の価値をもう一度見つめ直す時が来ているように思います。普通の学校では食料の価値についてほとんど教えられていないのが現状です。最近、「学校でも金融教育が必要、金融リテラシーを身につけよう」と声高に叫ばれていますが、「食品リテラシー」の方がずっと重要ではないかと思ったりするものです。
食糧の自給率アップは必要か
  内閣府は15日、「食料・農業・農村の役割に関する世論調査」の結果を発表した。食料品を購入する際に国産品と外国産のどちらを選ぶかという質問に対し、国産品との回答が同様の質問をした00年調査比7.1ポイント増の89.0%に上った。(毎日新聞)

 ここのところ中国食品の問題もあって、国産志向が強まっているようです。「国産品だと安全」という認識が果たして正しいかどうかはわかりませんが、一律的にこのような意識を持つのはちょっともったいない気もします。海外の方が美味しいものもあるし、有機栽培が日本より普及している国もあります。私は前職で、オーストラリアの生牡蠣を都内のシェフに売り込んでいましたが、「外国産はダメ、ましては生牡蠣となるとなおさらだ」という反応が結構多くありました。石油化学工場が林立する広島湾の牡蠣と、人がほとんど住んでいないオーストラリアの海の牡蠣のどちらが安全でしょうか。

 安全性とともに今話題になっているのが食糧の自給率です。日本の自給率は40パーセントをきったのでまずいというのが、大方の意見のようですが、なぜ自給率が低いのが問題なのでしょうか?「国際情勢の変化によって、食糧の輸入が困難になったときどうするのか」という不安があるからですが、私はあまりこの発想が好きではありません。今、世界の食糧難は深刻です。したがって「世界の食糧難のために日本の食糧の生産量を上げたい」というような前向きな発想の方がいいのではないかと思っています。

 グローバル化が進む中、逆に1国にこだわることに意味があるのだろうかという疑問を持つことがあります。中国やインドなどの経済力が台頭したため、ものづくりで世界をリードしてきた日本の地位が脅かされています。だから国力にこだわるのだと思いますが、世界に持てるものを与えるという観点に立てばもっと楽になるのではないでしょうか。あまりにも性善説的な発想かもしれませんが、性悪説的な発想に立っている限り、ちょっとした改善はできても、革新的なイノベーションは起こらないでしょう。今の世界の状況はビッグバンのようなイノベーションを持ってしか変えることはできないと言うのが素直な気持ちです。

読書進化論
 『読書進化論』久々に勝間さんの本を読みました。読書に関する本は『レバレッジリーディング』、『フォーカスリーディング』などここのところブームですが、勝間さんの本は、「読書」つまり本を読むことだけではなく、文章を書くこと、本を売ることという視点から書かれており、非常にユニークです。ところどころに本屋の従業員の方のコメントが入っており、まるで前衛芸術(コラージュ)のような実験的な試みの意図を感じます。

 私はブロガーとして「書く」というところに特に注意が行きました。以下は印象に残ったフレーズ。

 「書く」人も進化する
「書く」という行為は、いろいろな形で自分の影響力を拡大し、発展させることができる
「書く」という行為のスタートは、自分がどれだけいいコンテンツを持っているか
本を書くには、経験や知恵の引き出しがたくさんあるほうがいい


 このことは書くという行為に留まらず、自分という商品を売ること、つまり自己ブランド化にとって必要不可欠な内容です。誰しもが、固有のアイデンティティを持っていますが、固有のアイデンティティを語るだけでは、自分史で終わってしまいます。勝間さんは、「著者の引き出しが多いと、1冊で終わる人かどうかを見ることができます。」と述べています。ここは、ブログを書く上で非常に需要な要素だと思います。

読書進化論~人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか~ (小学館101新書) (小学館101新書 1)読書進化論~人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか~ (小学館101新書) (小学館101新書 1)
(2008/10/01)
勝間 和代

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 さて、このコンテンツ力について。先日渡部昇一さんの『発想法』という本に面白い話があったのを思い出しました。何冊も傑作を残した夏目漱石と僅かな私小説のみを残した葛西善蔵という小説家の話です。この両者の違いは発想の井戸が一本か複数かによると渡部さんは指摘しています。この本は、結構昔に書かれた本ですが、非常におもしろい内容でおすすめです。

漱石 漢学と英文学という2つの深い井戸 相乗効果 発想が次々と湧き出てくる
善蔵 自分の体験という井戸1本   苦しみながら書く。

最後にやはり読書は幅広いジャンルのものを読んだほうがよさそうです。多面的に物事を見つめることができるようになるとコンテンツ力が育ちます。コンテンツ力の充実はブログに限らず、普段の生活、人間関係、仕事にも欠かせない内容です。
発想法発想法
(2008/05/20)
渡部 昇一

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女性の品格
 大ブームを引き起こした『女性の品格』。実家の母の書斎にあったので読んでみました。「当たり前のことが書いてあるなあ」というのが読後の率直な感想です。母にも読後の感想を聞いてみましたが、「当たり前のことが書いているだけ。もう坂東さんの本は読まない」という答えが返ってきました。「母もか・・・。」と思いながらも、「なぜあんなにブームになったのか」と考えざるを得ませんでした。

 この本の中には、ハウツー的な内容と、生き方に対する内容の両方が盛り込まれていますが、著者の一番言いたいのは「基礎力」が大切ということだと思います。

基礎力
個性を発揮するその前提となるのは基礎力です。
人間としての基礎力とは何でしょうか。自分の行動や生き方の芯になる信念をもつことです。報酬を期待しないでなすべきことをなす、損をしても正しいことをする強さと言い換えてもいいでしょう


 成熟の時代といわれる現代にあって、「いかに自分らしく生きるか」誰しもが考えることと思います。自分らしく生きようとするあまり、品格を失っている人が多いのかもしれません。別の言い方をすれば、「品格を求めている」人が多いということになります。ところで、なぜ品格を失ってしまったのか?

 私は母の言葉にヒントがあると思います。すなわち、品格とは家庭の中で育つものではないかと。父親、母親の品格が子どもに受け継がれていき、基礎的な品格を身につけた子供は、思春期になると自ら人間関係あるいは教養や芸術、スポーツから自分の品格に必要なものを学び取り、血と肉としていくのです。ということは、親子関係、家庭関係が希薄になっていることが品格を失うようになった大きな原因かもしれません。

 著者の坂東さんの言葉はまるで母親が娘に向けて語るようです。このような母親のアドバイスを多くの人が求めていたのかもしれません。ちなみに、男性が読むのもおすすめです。

女性の品格 (PHP新書)女性の品格 (PHP新書)
(2006/09/16)
坂東 眞理子

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神の見えざる手
 2年ぶりに故郷の岡山に帰郷しました。新幹線で移動したのですが、車窓から外を眺めるに当って、このたびは自然の景色よりも経済のことの方に意識が行きました。東海道新幹線沿いには日本を代表する多くの企業の工場がたくさんあります。また、大規模小売店の姿も結構目立ちます。

 今パナソニックと三洋電機の合併が話題になっていますが、多くの工場を見ながら、これらも次第に資本が集約されて勝ち残った企業の寡占化状態が進むのだろうかなどということを思っていました。

 アダム・スミスの「神の見えざる手」は社会の利潤を最大限にするのでしょうか。ちなみに、「神の見えざる手」とは

個人による自分自身の利益の追求が、その意図せざる結果として社会公共の利益をはるかに有効に増進させるという概念です。

 多くの企業が乱立している状態は完全競争状態です。今多くの業界で、企業が合併し寡占競争状態になりつつあります。寡占競争ではライバル会社が互いに出方を窺って価格を決めていきます。これは価格支配力が市場ではなく寡占企業にあるということを意味しますが、逆に販売量(シェア)を増やそうとすると価格が下がります。これは「神の見えざる手」の結果なのでしょうか。シェア100パーセントということは現実にはありえないと思いますが、寡占企業はより多くのシェアを求めてしのぎを削ります。ということは「神の見えざる手」の究極の目的は独占企業になるのでしょうか。

 独占企業ということは、ごく一部の資本家と多くの労働者しか存在しないということです。すなわち、ごく一部の持てる者と、多くの持たざる者に2極化されるのです。したがって、社会の富の全体量は最大化されても、一人一人の富の持分は少なくなってしまうのです。これは、極論ですが、野放しの自由主義はこれに近い状態になるのではないでしょうか。

さて、岡山駅の新幹線ホームに降りて、久々にJR西日本の駅の青色の看板が目に飛び込んできました。思わず懐かしい気分なりました。駅前にはいつの間にかビッグカメラもできていて驚きです。

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弱者の中のサラブレッド
 アメリカの第44代大統領にバラック・オバマ氏が当選しました。黒人初の大統領であり、経歴的にも異色の大統領ということになります。オバマ氏がどのような手腕を発揮するかわかりませんが、今までの民主党の大統領とは一線を画す業績をあげるのではないかと期待しています。

 オバマ氏当選の理由について。私はそのカリスマ性によるところが大きいのではないかと思っています。マケイン氏にカリスマ性が無さ過ぎたので、オバマ氏のカリスマ性は非常に目立ちます。カリスマ性そのものは、短期的な勝負事には非常に効力を発揮します。ちょっと例えが飛躍しますが、小泉さんもヒトラーもその天才的なカリスマ性によって選挙という短期戦を勝利したのでした。逆に長期戦になると人々の熱が冷めたり、結果に不満を持つ人が増えたりしてカリスマ性だけでは勝てなくなります。これから、オバマ氏の真価問われます。

 さて、オバマ氏のアイデンティティについてですが、そのアイデンティティは日本の政治家にはないものです。黒人社会の中に生まれながらも、天才エリートとして自らの道を開拓していったということ。まさに弱者の中のサラブレッドです。このようなアイデンティティや経験が世の中の指導者には、これから必要ではないかと思うのです。

指導者の条件
①弱者の立場を味わったことのある者
②①の立場を味わいながらも、家庭的、社会的に成功した人格者


 小泉さんを始めとする日本の2世議員たちには、①の要素が欠けています。弱者の立場で苦労していない者がどうしてその痛みがわかるでしょうか?昔から「かわいい子には旅をさせろ」という格言がありますが、彼らがそういう旅に出たとしても、それは期限付きの身分が保証された旅に過ぎないのです。逆に、ヒトラーをはじめとする独裁者や、極端な共産主義者には②の要素が欠けています。②がなければ、人を幸せにすることが出来ません。自分が満たされていないのに、どうして人の心を満たすことができるでしょうか?

 新しいタイプの大統領。カリスマ性と指導者に必要なアイデンティティをもったこの新大統領に、世界中が注目しています。
ミッションはどこから
 昨晩は城南支会の「独立開業支援セミナー」に行ってきました。城南支会のセミナーに行くのは初めてで、城南支会に所属する先生たちの講演がありました。ちなみに、私が所属している中小企業診断協会は各都道府県ごとに支部があり、私は東京支部に所属しています。東京支部の中に

中央支会
城東支会
城南支会
城北支会
城西支会
三多摩支会


の6つの支会があり、支会でも研究会活動が盛んです。私は城東に所属しています。

 さて、今回は独立診断士の3人の先生のお話。3人はそれぞれ①独立初期、②中堅、③ベテランの異なる立場から、独立診断士の仕事のことを話されました。その中で印象に残った内容。

①岡部功一先生(初期)
人前で話ができるように訓練が必要。
自分の専門分野より、市場のニーズを探すのが先。(つまり、シーズよりニーズが先)

②片岡由美先生(中堅)
目先の売上を追わない
仲間の力を借りる

③古谷良隆先生(ベテラン)
診断士1本で25年間。
独立初期を乗り越えることができるかどうかは使命感があるかないか
時流に合ったものをドメインとする
知識ではなく心を売る

これらの中でも、使命感という言葉は強く心に残りました。使命感というのは、心から湧き出るものなのか、それとも自分で信じ込んでいくものなのか。私にどれくらいの使命感があるのだろうか。心から湧き出てこないならば、信じて自分で作り上げていく必要があるのではないかと思いました。

ブログ道②
 ちょっと肌寒くなってきました。我が家もみんな風邪気味で、時の移り変わりの速さを感じてしまいます。ブログはやっと2000アクセスを超えたところで、相変わらず価値を提供できていないことになります。妻からは「つまらない内容のブログはやめたら」と勧告を受けました。確かに、これが商売なら確実に撤退です・・・(汗)。

 「多くのブログが起ち上がっては消えていく(放置されていく)んだろう。私のブログもその中のひとつかな。」そういった思いがここのところ強いのですが、一方で「何かを情報発信したい」という強い気持ちがあります。「この素直な気持ちを裏切ることはできない。結果に振り回されるのは弱い自分に負けることだ。ブログはタダなんだから失うものはない。」ということで、ブログを見つめなおして再出発したいというのが現在の心境です。

 改めて何冊かブログの本を読んでみました。ちょっと古い本ですがまず、林夏樹さんの『90日で鬼のように儲けるブログ術』。アフェリエイトで儲けようという気は今のところありませんが、ブログの基本が書かれています。

ブログコンセプトが重要
①対象 どんな人にブログを見て欲しいか。
②効果 見た人にどんなメリットがあるのか。
③動機 ブログを開設した理由。


これはまさにマーケティングそのものですね。私の場合は①が絞りきれていないようです。

次に、鶴野充茂さんの『SNS的仕事術』。私は現在、社労士のSNSに入っていますが、ほんとんど何もしていません。人脈つくりには貢献(コントゥリビーション)が必要だとよく言われますが、自分に実績と経験がないことが、いまいち積極的にアプローチすることができない原因になっています。SNSはブログとは違いますが、ブログと同じベクトル上にあるものと私は認識しています。

SNS的仕事術を意識した情報発信の流れ
①収集より前に発信せよ。  内容は借り物でもいい。
②専門家になる。  何らかのテーマについて情報発信を続ける。


プロフィールに必要な3要素
①作品  HP、ブログ
②何ができる人かを伝えるキーワード
③知人(他人)の評価


 最後に、久米信行さんの『ブログ道』。1000アクセスを超えたところで、この本を紹介しましたが、ブロガーにとってこの本はバイブルです。
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鶴野 充茂

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久米 信行

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