やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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主体性を育てる
 ここのところ連日のように、雇用の問題が取り上げられています。いすゞ自動車の派遣切りから端を発したこの問題ですが、今ではすっかりおなじみの風景になってきました。

 さて、ニュースを見て思うのですが、この問題が勃発した当初は、

○○株式会社が派遣打ち切り

というような内容のニュースが堰を切ったように毎日流れました。まるで、「あの会社が派遣切りをやったんだから、うちの会社もやろう」という心の動きが見て取れるようです。

そして、ここのところのニュースでは

○○株式会社が期間満了まで雇用契約続行。労働者の保護を図る

という内容が目立ちます。「あの会社がやっているんだから、うちの会社もやらないとマズイ」という心にでもなったのでしょうか。


 上記のような企業の出方を見ていると、「みんながやっていれば何をやってもいいのだ」という企業、もっというと経営者の主体性のなさを感じてしまいます。隣の人が隣の人の真似をして、さらに隣の人が真似をする、この連鎖がいつのまにか世論や常識となるのです。


 人の価値観はそれぞれですので、世の中には法律というものが存在しますが、法律さえ守れば何をやってもいいというのもどうかと思います。心の軸を中心に、自らの正しいと思うことを主体的に行動できる人間を私は強い人間だと思っています。

善いことは真似し、悪いことは真似しない

 簡単なようで、とても難しい内容です。これを行動に移して、心の軸を強くしたいものです。
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Yes,I Can.
 幼稚園に通う長女が自転車に補助輪無しで乗る練習をしたいというので、日曜日の午後近所の公園に出かけました。

 自転車の後ろを持って、支えてあげるのですが、何度やってもうまくいきません。

「パパ、できない」
「できない」


長女は何度も泣きました。

「できるからやってごらん」

何度も励ましましたが、「できない」と泣くばかりです。私の教え方もたぶんまずかったのだろうと思いますが、「できない」を連発する長女に向かって、思わず、

できない。できないと言うな。パパは「できない」という言葉が一番嫌いなんだ

と語調を強めて言いました。この言葉を言って内心ドキッとしました。なぜなら、私自身が心の中で毎日のように自問自答している言葉だからです。長女を見ていると、まるで自分を見ているようで、何とも言えない悔しさのような思いがこみ上げて来ました。


「できない」を「できる」に変える経験を何度もしてほしい。この経験こそが人生を豊かに、幸せに生きるための原動力なんだ。この経験を身をもって、子供たちに教えてあげることのできる父親になることが私の目標です。

081221_1536~01

柚子は野菜?
 まもなく冬至です。この季節は、柚子の香りで満たされるのですが、流通では柚子は果物ではなく、野菜として扱われます。

柚子は柑橘類
だが

流通カテゴリーは野菜

柚子と同じような例に、スダチがあります。なぜだろうかと考えたときに、その食べ方の用途に原因があるようです。

柚子もスダチも野菜と一緒に料理することが多いですね。デザートで単独で食べることはあまりありません。最も最近は料理の素材の生かし方も多様で、りんごのてんぷらや、トマトのゼリーもあるようで、果物と野菜の素材としての垣根がなくなってきているようですが。

カテゴリーは素性ではなく、現実の用途で

このような発想は、他の分野でも多くあるようです。このような発想のメリットとして、柔軟なアイデア、機動的な対応などがあります。知識ではなく知恵を重要視すると言うことなるのでしょう。
円高は不幸の原因なのか
 FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)がゼロ金利政策に踏み切り、とうとう日米の政策金利が逆転してしまいました。円は87円まで上がり、とどまるところを知らない勢いです。円高と共に、企業の業績は悪化し、毎日悪いニュースばかり

 ところで、円高はそんなに不幸の元凶なのでしょうか。そもそも円高とは、

(他国の通貨と比較して)円の価値が高くなること

つまり

他国のモノやサービスを安い円で買うことができる(円高のメリット)
日本のモノやサービスを高い円で売らなければならない(円高のデメリット)

 今、韓国には日本の観光客が大量に押し寄せ、商品を買いあさっているようです。円高ウォン安なのでここぞとばかり韓国を目指す群れ。私には朝鮮戦争特需によって潤った時代と何だかだぶって見えるのですが、韓国に円が入るのは、韓国にとってもいいことです。

 輸入品も安く買うことができます。それこそ、ビッグ3の車は今がお買い得かも知れませんね。(今後のアフターサービスが不安ですが)ガソリンも本当に安くなりました。会社からガソリン費を支給してもらっていますが、今は多くのおつりが来ます。

 一方、円高は輸出産業にとって大きなマイナスとなります。仮に1ドル=87円と1ドル=100円で100万円の車をドルで買うとすると、

1万ドル(1ドル=100円)
1万1500ドル(1ドル=87円)


になるので、売上が伸び悩んでしまいます。また、ドルを円に替えようとすると、以前は100円に換金できたのに、いまは87円にしかならないということになります。したがって、円高によって売り上げ不振と為替差損のダブルパンチを見舞うことになるのです。

 さて、現在は不況であると誰もが感じていることと思いますが、これは円高のメリットよりもデメリットの方が大きいということを表しています。別の言い方をすると、日本経済は輸出が牽引しており、輸出の影響がとても大きいということです。したがって、円高そのものが不況の元凶ではなく、

輸出産業に頼る産業構造自体が不況の元凶。円高はそのトリガーに過ぎない

ということになるのでしょう。


工場派遣は必要か②
工場派遣は必要か①に続いて。私の意見は勝間さんと同じです。

必要だが、法律の遵守が必要

 過去の記事でも述べましたが、工場などの現場を使って売上を上げていくビネスモデルたとえば、製造業、倉庫運送業などにおいては需要の変化に応じた人員の伸縮が、利益を出すためには必要不可欠になっています。

仕事の量は自分でコントロールできない  仕事の量に合わせて自分が動かなければならない
モノを作れば作っただけ売れる時代ではありません。もちろんある程度予測することは可能ですが、主導権は市場すなわち買い手が持っているのが現代です。買い手がいらないと言えば、モノを作る必要がなく、買い手がほしいと殺到すれば、何とかそれに答えようと体制を整える。「なければない」で済まないのが現代の消費者なのです。

在庫の問題
在庫は商売には必要ですが、売れなければ経営を圧迫します。現代は商品のライフサイクルも短くなっているため、長期間在庫を抱えることはできなくなっています。したがって、ピンポイントで商品を作り、売ることが求められるのです。ジャストインタイムはここからでてきます。

市場の状況に合わせて自由に伸縮する現場が必要
上記より、現代企業が生き残っていくためには、自由に伸縮できる作業現場が必要なのです。現場は次の3つの要素から構成されています。

①材料(モノ)
②作業員(ヒト)
③設備



この3つを増やしたり減らしたりすることが必要なのですが、①は簡単ですが、②は簡単ではありません。②を自由に調整することができない。このことは利益の出る生産体制を作るに当たって大きなボトルネックとなっていたのです。経営者団体は、工場派遣の解禁をどれほど望んでいたことでしょうか。


 このシステムは労働者にとって優しいシステムではありません。そう、上の図を見てもわかるように、モノとヒトを同列の位置に持ってきているからです。もちろん、ヒトとモノが同列等ということがあってはいけないし、実際にそんなことを考えている経営者はいないと思いますが、働く方は「有事の際はヒトがモノとして扱われる」というリスク意識を忘れてはなりません。


 企業が資本主義社会の中で生き残っていこうとすれば、現場の労働力の調整が必要です。仮に工場派遣が禁止されたとしても、この人員調整システムは必要なので、必ず同じような存在が出てくることでしょう。場合によっては不法な地下組織もできるでしょう。このシステムが働かず、企業がつぶれてしまったら、さらに多くの失業者を出してしまいます。したがって、派遣は必要と私は考えています。
 

 
 
工場派遣は必要か①
 テレビをつけると『サキヨミ』という番組で派遣切りの特集をしていました。この番組、勝間和代さんや森永卓郎さんも出ているんですね。普段テレビを妻と子供に占領されてほとんどテレビに関心のない私ですが、はじめてテレビの勝間さんを見てちょっと感動です。

 「派遣労働は必要か」(派遣先での業務内容は明示されていませんでしたが、おそらく工場派遣労働をのことを指していると思われる)というアンケートを番組でしていましたが、

①賛成約5000人
②反対約11000人

と反対の意見を持っている人の方が多いようです。一方、コメンテーターの方の意見は

勝間さん 必要である。ただ法律遵守が大前提で、脱法行為は厳しいペナルティが必要

森永さん 必要でない。派遣は2003年派遣法改正前の専門業種にのみにするべき

とのことでした。

 さて、この問題は一見労働問題のように見えますが、問題の本質は企業の経営体質の問題だと私は思っています。労働問題というのは、経営問題が現象として表れたものであり、労働問題と経営問題は、病気で言えば、病気が発症している現象と、発症の原因のような関係です。病気には治療が必要ですが、失業保険などのセーフティーネットは対症療法であり、根本治療ではありません。
外需と内需
 忙しいお歳暮シーズンが山を越えました。この期間中、体調を崩し、高熱も出しましたが何とか乗り越えて今ほっとしているところです。それにしても、お歳暮の仕事は大変です。なぜ大変か?

通常の仕事+お歳暮の仕事をこなさなければならない

そのためには

通常の倍の人手が必要

 この体制を作ることは結構大変なことです。短期アルバイトで人手を集めるか、それができなければ日曜祝日も休みなく、深夜近くまで毎日働くかをしなければなりません。私のところでも、短期アルバイトの募集広告を定期的に出しましたが反応がイマイチでした。

 こういう時の最後の切り札が派遣です。通常年末になってから新規に派遣を頼んでも需要が多くスタッフ不足になるのですが、今年は違いました。製造業のラインが停止してしまったため、仕事のないスタッフがたくさんいるというのです。

 今、派遣切りが話題になっていますが、派遣切りをしている企業のほとんどが輸出型の機械メーカーです。自動車、電気機器など日本の誇る産業であることは間違いないのですが、内需よりも外需によって潤ってきたため、ここにきて外需の不振のあおりをまともに受けてしまっています。別の言い方をすると、為替差益に依存したビジネスモデルが成り立たなくなっているのです。

為替差益ビジネスは諸刃の剣

 為替というのは自力でコントロールすることができるものではありません。地震のように、普段起こる可能性が低くても、忘れた頃にやってきて甚大な被害を与えるものです。いいときはべらぼうに良くても、悪いときはべらぼうに悪い。大企業であればこの振れ幅も大きいです。

 景気を判断する指標のひとつにGDPの成長率があります。ここのところこの成長率がマイナスになっていますが、為替の変動が直接的に、間接的に大きな影響を与えています。つまり、

大企業の不振(輸出の不振)→関連企業の不振→景気の低下→消費の低下→内需の不振

 私の働いている生鮮食品業界は、内需が大きく、為替の影響を受けない(輸入は逆に有利)ので、今のところ不況を肌で感じることはありませんが、上記の図式に当てはめると遅れて不況の影響を受ける可能性がありますが、来年はどうなるでしょうか?食品を扱う仕事は、本当に地味な仕事です。大儲けもなければ大損もない。需要が大きく増えることもなく、減ることもない。「食」は人間が生きていくために必要不可欠な要素です。「手堅さ」という点では一歩前に出るかも知れませんね。

ブログ論壇
 『ブログ論壇の誕生』タイトルに惹かれて思わず読んでみました。なぜ惹かれたかというと、私はブログを今年の2月から始めましたが、ブログを始めてみてブログは論壇というイメージからはほど遠いと思っていたからです。いろいろなブログを見ていて思ったこと。

多くの人気ブログはミクロ視点
・自分の成功のために活用している
・自分を売るために活用している
・ハウツー、ノウハウが多い


 これは、あくまでも私が感じた世界なので、正しくないかも知れません。私も成功したいと思っている人間なので、知らず知らずのうちに上記のような内容に引き寄せられていきます。(別に悪いと言っているわけではありません)

 さて、私がこの本のタイトルに惹かれた理由。それは、論壇という言葉から私は新聞や『中央公論』、『諸君』のような時事評論雑誌をイメージしますが、ブログがそういったメディアと同じような役割を果たしているのかと疑問に思ったからでした。よく掲示板には、社会の出来事に対して様々な意見が匿名で述べられているのを見ることがありますが、ブログではそういった社会の出来事に対して意見を述べているのをあまり見たことがありません。

 以前ミクロ視点とマクロ視点という記事を書きました。

 ミクロ視点とは「自分の人生とどう向き合うか、どのような人生を望むか」

 マクロ視点とは「社会とどう向き合うか、どのような社会を望むか」


 という風に私は考えて記事を書きました。どちらも、大切な内容ですが、現代社会においてはマクロ視点が低下しているように思われます。なぜならマクロ視点を考えても直接的に得にはならないからです。現代のキーワードそれは「自立」です。「自分の身は自分で守れ」。政治の失墜、企業の相次ぐ不祥事、教育界の堕落により、多くの人の考えが「社会を変えよう」ではなく「自分を変えよう」にシフトしています。政治に対する若者の関心の低さは、このことを如実に物語っています。

 それではなぜ『ブログ論壇』なのか。そもそも、ブログの発祥は、ニューヨークの同時テロ事件の被災者が情報交換しところからと言われていますが、『ブログ論壇』という言葉にはこのブログ誕生当時の風味を感じます。ブログ論壇とは何か、

①ブログ論壇はマスコミを揺さぶる
②ブログ論壇は政治を動かす
③ブログ論壇は格差社会に苦悩する
④ブログ論壇はどこに向かうのか
(以上目次より)


この本はブログをマクロ視点で見つめているという点で、今までのブログ本とは一線を画しています。ブログという存在について、ちょっと別の角度から考えることができるようになると思います。
ブログ論壇の誕生 (文春新書)ブログ論壇の誕生 (文春新書)
(2008/09)
佐々木 俊尚

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いち早い情報
 先日、アキバのヨドバシカメラに甥っ子、姪っ子のクリスマスプレゼントを買いに行きました。我が家ではおもちゃを買うときはいつもアキバのヨドバシカメラと決めています。理由は、

品揃えが多く、安い
アキバの雰囲気を堪能できる


現実的な理由は前者ですが、アキバに行くこと自体が何か心をワクワクさせてくるのも事実です。子供を連れて行くのはちょっと気が引けるところもありますが、逆に子供たちの目にはどう映っているのか興味津々です。

 ところで、私の知り合いの運転手の話によると、ヨドバシカメラは元気がいいそうです。彼は、ヤマダ電機、ケーズデンキなど複数の大手家電小売業者の物流センターに荷物を普段よく運んでいるようなのですが、ヨドバシカメラが一番活気があると言っていました。私はこの話を聞いて妙に納得してしまいました。

 企業の業績がいいか悪いかはもちろん財務諸表の数字を見なければわかりませんが、数字を見なくてもいち早く見抜く方法があります。それは、その店に出入りする配送業者に荷物の状況を聞く方法です。過去と比較して、他店と比較して、現在の状況がどうなのか彼らは肌で感じ取っているのです。
 

 

消費者の感性
 たまたまテレビをつけると、ガイアの夜明けで農業の特集が放送されていました。規格外野菜と雑穀の有効利用の話。市場価値のないものに、付加価値をつけること。農業の収益を上げるためには、この付加価値をつけるとことと、いかに廃棄ロスをなくすかということとが大切です。

 ところで、商品の価値を計るとき普通はお金という物差しによってその価値を判断します。

価値=価格(市場の原理)

一般的にはこの考え方は間違ってないと思います。商品の値段は市場で決まると言われていますが、厳密には売り手の価値と買い手(市場)の価値が関係性を結ぶことによって決定されます。「これくらいで売りたい」という売り手の思いと「これくらいなら買ってもいい」という買い手の思いが折り合うところで決定されるということです。

 ここで生産者と消費者の関係性について考えたいと思います。生産者が手塩に掛けて作ったりんごを直接消費者に売るとしましょう。1コ150円で売りたいと思った場合、それが妥当な金額だと思う買い手とそう思わない買い手の両方が存在します。これは買い手の価値観が異なるために起こります。

それでは次のような場合はどうでしょうか?

 10人の人が150円でりんごを買ったとします。果たしてこの10人のりんごに対する価値観は同じでしょうか?たわわに実っているりんごの樹をイメージして食べる人、日本のりんごは世界でいちばんおいしいんだと貴重な思いで食べる人、体にいいんだと思って食べる人、ただのりんごと思って食べる人、りんごという商品に対する価値観は多種多様です。ここでは、

価格≠価値

になっています。つまり、商品に接する思いの世界には市場の原理が働かないのです。私はこの価格を抜きにした商品に対する感じ方のことを「消費者の感性」と定義します。消費者の感性とは「いいもの、わるいもの、」を見分ける能力だけではなく、商品の背後にある思いやストーリー、商品の存在価値までを感じ取る能力だと思います。この能力は食品に対してだけではなく、あらゆる商品に対しても言えるのではないでしょうか。

 今は消費者が強い時代です。消費者を大切にすることは当然ですが、消費者のわがままがまかり通るのはどうかと思うのです。消費者のわがままを聞いていると、供給者がつぶれてしまいます。供給者は消費者の感性を育てる努力を、そして、消費者は自らの感性を磨く努力をする時代がこれからは必要ではないかと思うものです。

不況のときこそ
 12月に入りました。ここのところ、PCを開く時間が少なくなっていますが、この時期のやっちゃばはお歳暮ギフト真っ盛り。ブログの更新も滞りがちです。今年は不況と言われていますが、お歳暮ギフトの数は昨年と変わらないばかりか、少し増えているようです。不況だから数量は減るだろうと予測していましたが、意外でした。

 お歳暮ギフトは不況の影響を受けないのはなぜか考えてみました。もちろん商品の中身は果物なので他の加工食品や日用品などの出方と多少違いを割り引いて考える必要があると思いますが、一般的に、次のような理由が考えられます。

①リピート率が高い(お歳暮を贈る人は毎年の習慣になっている)
②不況な時こそ、人の縁が大切


②について。不況の年の初詣の参拝客は増える傾向がありますが、これと同じような心理効果が働くのではないかと思います。「神頼み」ならず「人頼み」。「人頼み」というと何だか見返りを求めているようですが、これは「幸福になりたい」という自然な感情だと思います。先回のブログのエントリーで「人は人との関係性の中にのみ幸福を見出す」とちょっと偉そうなことを書きましたが、まさしく贈り物というのはそのような心の表れです。自分で食べるよりも、人に食べてもらう。不況の時は、守りに入って自分の方ばかりを向いてしまいがちですが、自分で消化してしまっては発展性がありません。「人に与える」ということは発展性、将来性を買うことだと思います。

いかにお金を多く持っているかよりも、いかに多くの人脈を持っているかが需要

最近ブームの人脈本に登場しそうな台詞ですが、やはりそうなのでしょう。昨日は1冊の人脈関連本を読みました。いい内容なので、ピクアップしておきます。内容は鹿田さんのブログでどうぞ。

デキる人は皆やっている 一流の人脈術 (アスカビジネス)デキる人は皆やっている 一流の人脈術 (アスカビジネス)
(2008/11/07)
島田 昭彦

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