やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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資格とトービンのq
 ここのところ広告で目立つのが『資格のユーキャン』です。テレビでもネットでも、工夫を凝らした様々なバージョンの広告が目立ちます。金融ショック前は、同じような趣向の広告として、『アリコジャパン』の広告が目立ちましたが、失業者が増える中、今がチャンスと攻勢に打って出ている企業の戦略を感じることができます。

 資格を持っていない人から見れば、資格は魔法のランプのように見えるかも知れませんが、そうでもないと言えるも現実です。資格というのは、パスポートのようなもの。実際に海外に旅行に行こうと思えば時間もお金も必要です。資格を取ってからが、本当の勝負だと思います。

 ところで、資格自体は平等なものです。私は中小企業診断士ですが、この資格を使って2000万稼いでいる人も、全く稼いでいない人も、中小企業診断士という身分は同じです。ところが、実力にはとても大きな差があるものです。資格の「資」というのは種あるいは原料のようなもの、これを育てたり、加工したりして「実」らせなければ意味がないのです。

資格≠人格  資格≠品格  

 企業価値を表す理論でトービンのqというのがあります。トービンのqは次の式で表せます。

トービンのq=株価総額/資本ストック

 トービンのqが1より小さいとき つまり分子が分母より小さいときは、その企業が本来持っている能力を生かし切れていないと判断することができます。このような企業においては、設備投資が控えられとともに、買収されやすくなります。

 トービンのqが1より大きいとき、つまり分子が分母より大きいときは、その企業が持っている能力を十分発揮していると判断できます。このような企業においては、設備投資が進み、買収されにくくなります。

 さて、この理論を資格に当てはめてみたいと思います。トービンのqは企業価値を表す指標なので、資格の場合のトービンのqはその人の市場価値を表す指標となります。この場合の式は

人材市場価値=実績(資格によって稼いだ金額)/資格(資格取得コスト+維持コスト)

 人材市場価値においても、企業価値と同じようなことが起こります。大きいほどプラスの循環が起こり、小さければ市場から消えてしまうのです。資格を生かしてお金を全く稼いでいないというのは、市場価値が0ということなのです。

 もちろんお金を稼ぐことだけが資格取得の目的ではありません。知識や技能の習得は自らのレベルをあげてくれますし、資格取得する過程で得た努力、達成の経験は大きな自信に繋がります。それでも資格が即座にお金と幸福をもたらせてくれる「魔法のランプ」ではないということは知っておく必要があるのではないかと私は考えています。




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認知的不協和とプラス思考
 先日マンションを買ったという記事を書きました。家という高価な買い物となると、自分のとった選択は正しいものだったと何度も思いたくなるものです。いわゆる認知的不協和の法則です。

 認知的不協和とはマーケティング用語で、商品を購入後、「自分の(商品購入)選択は間違っていない」と思いこませるために、正当性を証明する情報や理由を探そうとする性質あるいは行動のことです。当然商品が高額であればあるほど、この性向は強くなります。(商品だけではなく、結婚や就職などにもこの法則は当てはまります)

 さて、商品に限らず100%自分の望む条件が揃ったものは普通はないものです。たとえば、

マンション  場所やグレードはいいが価格が高い あるいは 辺鄙だが新築で価格が安い
就職     好きな仕事だが給料が安い  あるいは   給料が高いが仕事がおもしろくない

などというように、不満足な部分があるので、満足している部分で不満足な部分を打ち消すような心の動きが起こるのです。ただ、このような心理状態は結構辛いものです。なぜなら、

心が葛藤している状態

だからです。よく、「感謝しなさい」とか「プラス思考」で行きなさいとアドバイスを受けますが、心の葛藤無しにプラス思考というのはありうるのだろうかと思ってしまいます。プラス思考というのは心の葛藤のない状態のことなのでしょうか。

 そもそも、認知的不協和とプラス思考は全く別のものかもしれません。何が違うのだろうと考えてみたときに、

認知的不協和  心が過去の行動にこだわっている。将来の不安を打ち消したい。安心よりも不安。
プラス思考    心が将来に向けられている。将来に希望を見出したい。不安よりも自信。

といったような違いがあるように思われます。そう考えてみると、認知的不協和を間違えてプラス思考と捉えないように気をつける必要があるのでは。プラス思考と言いながら、いい結果が出せない人、プラスのオーラが出ていない人は、ここの部分を混同しているのではないかと思うのです。

 認知的不協和からプラス思考への脱皮、これは私自身の課題でもあります。


 
パラダイムシフトは起こるのか
 今、私の職場はとても仕事が多く、人手を多く必要としています。昨年末から、製造業の不振で職場を失った多くの日系ブラジル人に請負で仕事を出しています。彼らは仕事がなければ国へ帰らざるをない状況です。ただ、今回の経済不況は世界規模なので、南米の国へ帰っても仕事はなく、一度帰ってしまえば日本への再入国が難しいという現状です。

 そのような中、今年3月までに製造業で働く派遣・請負労働者40万人が失業するというニュースが昨日ありました。40万人というのはすごい数だと思います。最近の雇用情勢に関する数字はとてもインパクトがあります。

中国では1億2000万人が失業
韓国では全労働者の50%が非正規雇用


 一方、莫大な収入をあげるごく一部の人たちが存在します。豪邸に住む中国人の成功者の姿は印象的でした。当然お金持ちは、自らの努力と才能によってその富を築いたのですが、これからの時代「ひとり勝ち」のまま生きていくことが、果たしてできるのだろうか。今の2極化のシステムは、ある日重みに耐え切れずぽっきり折れてしまうのではないだろうかと思ってしまいます。制度の変化か、価値観の変化が起こるのではないかと考えられます。

 神田昌典さんは自著『あなたの悩みが世界を救う』 (ダイヤモンド社)の中で、日本の近代史の70年周期説というのを述べています。70年周期で時代が繰り返され、新しいパラダイムシフトが起こるというのです。それによると、

明治維新~第2次世界大戦~現代 それぞれの間隔が70年周期
価値観、制度のパラダイムシフト 士農工商→文明開化→民主主義→?
それぞれの時代の末期に秩序・倫理が乱れる


 ひとつの時代圏の中で生きていると、上記のような実感はなかなかもてないと思いますが、異なる時代圏(現在生きている人は戦前と戦後のみが該当)の中で生きた経験をすると、上記のようなことが実際にあり得ることとして感じられるのかもしれません。

 話がそれましたが、このような時代においては、既存の制度に依存するのではなく、富める者も、富まざる者も自らの感性と能力を磨いて、自らの主体性を発揮していくことが必要であると思います。既存の制度に依存するのではなく、既存の制度は利用すべきでものであるのでしょう。

あなたの悩みが世界を救う!―不条理な世の中を生き抜くための人生バイブルあなたの悩みが世界を救う!―不条理な世の中を生き抜くための人生バイブル
(2006/12/15)
神田 昌典

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住まいの条件
 年初のブログで家探しが今年の第1の課題と言いましたが、ずっと不動産に関することに行動や考えを集中させてきました。そのせいか、ブログの更新が滞ってしまっています。

 さて、新居の方ですが、浦安市内のマンションに決定しました。今までは賃貸でしたが、今回は買いました。(もちろんローンです)それにしても、物件を決めるまでにいろいろと迷うものです。予算が限られているので、どの物件も一長一短なのです。新しい住まいの場所は結婚以来10年近くすんで来た浦安市が第1希望でした。

浦安のメリットは何といっても、生活が便利。都心まですぐ

逆に

デメリットは相場が高い

 高いので郊外の方に引っ越そうかと何度も悩みましたが、浦安市は社会福祉が充実しているため、教育費や医療費は郊外に住むよりもお金がかからないなど、サービスを享受することにより住居費の差を埋め合わせることができると考えると、気が少し楽になりました。物件自体の価格もかなり下がっていましたので、何とか中古物件に手を届かすことができたのです。

 私は家に対するこだわりはほとんどないので、お金と広さのみにこだわりました。新しい情報が次から次へと出てくるので、結構迷うもので、長期戦になると精神的に参ってしまうものです。よく、「不動産は出会いと一緒だ」と言われますが、結婚と同じで、一緒になってから、その関係性をよりよい方向に育てていくものではないかと思います。自らレベルアップして、ポジティブ志向で新しい住まいと付き合っていきたいと思っています。

ナイーブな心
 雇用のミスマッチなのか。派遣切りにあった多くの失業者の受け皿として、自治体、農業団体、居酒屋やタクシー会社などのサービス業が名乗りを上げましたが、実際ふたを開けてみると、派遣切りにあった失業者の応募はほとんどなかったそうです。

 工場とは違ったコミュティへの心理的な壁があるのではないか

 製造業は不振ですが、サービス業を始めとして求人を出している企業、人手不足を感じている企業も結構あるものです。それらは、工場に替わる職場とはなりえないのでしょうか。賃金、労働時間などの条件が合わないのは一番大きな要素ですが、それ以上にそれぞれの思いに心理的にギャップがあるのではないかという気がします。つまり、失業者は単なる雇用を求めているわけではないのではということです。昨日、中国の失業者の様子がテレビで放送されていましたが、彼らの必死で仕事を探している姿が印象的でした。

 登録派遣は極論すれば、登録していれば仕事が紹介されるシステムです。企業に直接就職活動して自分を売り込まなくてもいいのです。企業の門を直接叩くことは、主体的に動く、自ら決断する、リスクの責任を自分が負うということ。製造業工場とは違ったサービス業などの新しい環境に一歩踏み出すことは心理的に敷居が高いのではないかと思います。

ナイーブな心

 さて、私はこの派遣の問題から、人々の心がナイーブになっているのではないかと思っています。これは派遣社員に限らず、社会全般にも当てはまることです。働きかただけでなく、生き方においても、自ら決断し、自らリスクを負う。例えば、未婚率、少子化の増加も人々の心のナイーブ化が根本にあると考えています。結婚にしても、子供を産むことにしても、それはリスクを伴うものです。自分の城を壊すようなものです。所得が低ければ、このリスクは当然大きくなります。逆に所得の高い人は、このリスクは低くなります。芸能人やキャスターなどの高所得者が簡単に離婚するのは、金でリスクを回避することが簡単にできるからです。お金と権力はナイーブな心をポジティブに変える大きな力を持っています。

リスクを超えたところにある喜び

 リスクを冒さないで得た成功よりも、リスクを冒して得た成功の方が喜びが大きいものです。タダで得たものよりも、お金を払って得たものの方が愛着が湧きます。まずは自分を犠牲にする、分け与えるところから始めるのが、喜びを得る公式ではないでしょうか。これはあらゆる成功本に書いてあることです。私も常にチャレンジする心を忘れないようにしたいと、今回の出来事を見て感じたものです。
 

 

 
少子化を考える②
 昨年、「少子化の解決策は」という記事を書きましたが、グーグル検索で結構引っかかるみたいで、このテーマに関心を持っている方は多いのだなと感じています。この記事では、少子化と未婚率の増加の問題はセットとして考えるべきであると指摘しました。結婚する人が少ないから、生まれてくる子供も少ない。当たり前と言えば当たり前の話ですが、ここには物理的原因より深い心理的原因があると私は考えています。

 さて、少子化の解決策ですが、人はどのように考えるでしょうか。社会保障の充実が必要と考える人が多そうですが、私はこの解決策には3つの段階があると考えます。

①第1段階 経済的解決策

あらゆる社会保障制度の充実がこれに当たります。社会保障制度の充実により、子供を産んで育てる環境は良くなります。子供が3人いる私の家庭も大変助かります。しかし、産む人は産むし、産まない人は産まない。産まない人あるいは結婚しない人の問題が社会保障の充実だけで解決されるとは思えません。

②第2段階 道徳的解決策

道徳的というと聞く人によっては「押しつけがましい」と思うかも知れませんが、例えば「子供を産んで育てること」は善であり、人生にとって必要不可欠なものであるという教育をするのです。今の世の中、価値観が多様化しているため、「どのような生き方をしようと自由だ」と考える人も多いと思いますが、両親から生まれてきたのが自分という存在であるならば、結婚して子供を産み育てるとことは、自分自身を肯定することだと思うのです。

③第3段階 心情的解決策

一番難しいのがこの問題です。経済的、道徳的にどんなに頑張ったところで、結婚や子育てに喜びを感じなければ、人は動こうとしないからです。この時に重要な要素となるのが「両親と自分との関係」「父親と母親の関係」です。両親の仲が悪く、両親と自分の関係が悪ければ、結婚や家庭に希望を持てなくなってしまうからです。「父のように、母のようになりたい」というのが理想ですが、世の中を見ていると、「父のようにだけは、母のようにだけはなりたくない」という人が少なからずいるものです。どんなに社会的に地位があっても、子供から尊敬されなければ、その人は人生において成功したとは言えないのではないでしょうか。

 家庭のあり方、父のあり方、母のあり方、夫婦のあり方、これらに関してはプライベートな内容だからということで、あまり言及されてこなかったのではないかと思います家庭の集まりが社会であり国家です。社会の問題の背後には必ず家庭の問題が潜んでいます。今後、家庭のあり方についてスポットライトが当たるときが必ず来るのではないかと考えています。
江戸博物館にて
 年始に両国にある江戸博物館に行きました。企画展「珠玉の輿~江戸と乗り物~」を母が見たいというので、子供たちを連れて行くのは大丈夫かなと思いつつ足を運びました。美術館、博物館を訪れるのは、本当に久々で、都内の美術館、博物館を訪れるのは東京に住んでこの方初めての経験です。

 独身時代は美術館等によく足を運び、紀行文もどきを書いたりしていましたが、小さい子供がいるとさすがに迷惑だろうと、頭からレジャースポットから外していました。この度、非常に感銘を受けました。久々の博物館だったからか、それとも江戸博物館の内容が良かったからなのかはわかりませんが、多分両方だったのでしょう。

 企画展を見て
江戸時代の貴人の駕籠や輿が展示されていました。駕籠や輿と言っても、時代劇で見るような質素なものではなく、きらびやかで豪華なものです。私が驚いたのが

棒(担ぐ部分)がとても太くて長いこと、すべてが担がれる人のために

「いったい前後の2人で担ぐことができるのだろうか」と思ったものです。輿や駕籠は現代で言えば、運転手付きの高級車のようなもの、そしていつの時代も

担がれる人の価値はとても高い

ということです。江戸時代なので身分の違いと言えばそれまでですが、同じ人間でなぜこのような差が生まれてくるのかということを考えざるを得ませんでした。担ぐ人と担がれる人。これは現代にもそのまま当てはまる内容です。いつの時代も社会、国家が形成されれば必ず階級が生じます。あの共産主義社会でさへ、れっきとした階級社会でした。

 誰しもがこの階級を登ることを願います。商業が発展する以前は血筋がすべてで階級を登ることは不可能でしたが、商業が発展してくるとお金によって階級を登れるようになりました。担ぐ人と担がれる人。身分が高いと思っているお金持ちはいないと思いますが、お金があればいろいろなサービスを買うことができます。その結果、本人が意識していなくてもいつの間にか階級社会のようなものが生じてくるのです。階級社会と言うよりも格差社会と言った方が適切かも知れません。

 階級社会は人間社会の本質とリアルに感じた時間でした本などからは得られないこの感覚を体験できて良かったと思います。この後、常設展も見に行ったのですが、時間がなくほとんど素通り。今度独りでじっくり見に行きます。

 
2009年を迎えて
 明けましておめでとうございます。遅ればせながら、今年の初エントリーになります。

 昨年末はごたごたしていて、昨年1年間の歩みを振り返ってみたかったのですが、ブログに書き込みができないまま、もう4日になってしまいました。昨年の年始には様々な目標を立てていましたが、達成できたものとできなかったものがあります。

達成できたもの
①診断士の登録
②ブログの開設

②について。昨年の2月にブログを開設しました。何の本だか忘れましたが、「ブログが大切」という著者の言葉に影響されてブログを始めました。最初のエントリーは「今日からブログを始めるぞ」という本当に幼稚なタイトルで恥ずかしくなるものでした。このブログは、まだテーマが絞りきれていないところがあるのですが、なぜか続けています。自分にとって必要だから続けているのでしょうか。この課題は今年のテーマです。

達成できなかったもの
①社労士の登録
②体重を60㌔台に落とす

①について。ほかの事に熱中するあまり、事務指定講習を途中でリタイヤしてしまいました。
②について。結婚してから結構太ってしまったので、これではまずいと思っていましたが、結局変わらず。昔は駅伝も走っていたのですが・・・。

今年も目標をノートに記入しました。常にノートを見ながら目標達成に投入していきます。いろいろあるのですが、一番目の前の目標が、新しい住居です。我が家は5人。狭いマンションに現在暮らしています。6畳の部屋に私と妻と子供3人がぎゅうぎゅうになって寝ています正月母と妹が訪ねてきたのですが、泊まるスペースもないのが現状です。何とかしなければ。

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