やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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ワークライフバランスって何
 ワークライフバランスという言葉がすっかり定着するようになりましたが、「婚活」と同じく、この言葉の意味を自分の頭で考えることが必要だと思います。「婚活」と同じように、「ワークライフバランス」が「いいもの」「善」として独り歩きしているように思うからです。

 言葉は世の中に定着すると必ず一人歩きをする

 ワークライフバランスとは文字通り、仕事と生活の両立のことを意味します。それでは、ワークライフバランスという言葉からどのような事柄をイメージするでしょうか?

長時間労働の問題
自分の時間の確保
子育てと仕事の両立


おそらく上記のようなことを思い浮かべると思います。ただ、これらのことはあくまで結果であり、表層的なイメージになってしまっている可能性もあります。ここでもう一歩進んで考えて見ることが必要です。

なぜ長時間労働が問題なのか
なぜ長時間労働が生じるのか
自分の時間がなぜ必要なのか
子育てとは
仕事とは


この「なぜ」という問いかけをすることが重要です。本質的な問題の解決は、いつもこの「なぜ」から始まるからです。例えば、仕事と生活の両立というのは何を基準軸とするのか

時間
空間
楽しさ
生きがい
経済


いろいろとありますが、時間でバランスをとるというのが一般的です。労働政策研究・研修機構が2007年に行った「若年者の離職理由と職場定着に関する調査」で「あなたが働き続けるために、会社が実施する施策」について求職者に尋ねたところ、

①休日をとりやすいようにする 33.6%
②仕事と家庭の両立      24.9%
③賃金水準の引き上げ     23.2%


と時間のバランスが一番の関心として上がっています。つまり、長時間労働、休日労働などの問題です。ただ、現在は不況なので、逆に短時間労働のほうが問題になるかもしれません。このことは、


長時間労働と短時間労働は表裏一体の関係にある


ということです。したがって、長時間労働についてまず考えていきたいのですが、時間と労働という観点を持ちながら考えてみたいと思います。


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ワークライフバランス考
 内閣府が27日発表したワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和、WLB)の意識調査結果によると、「仕事優先」を望むのは回答者のわずか1.6%なのに、実際は45.4%が仕事優先の生活を送っていた。理想からはほど遠い現実の生活実態が浮き彫りとなった。(毎日新聞より)

 昨日、ある研究会で銀座に集まり討論を行ったのですが、「働く」とはどういうことかについて様々な意見が飛びかいました。ワークライフバランスについても議題にのぼったのですが、本来、

不況の時こそ働き方の問題を考えるべき

いい機会であるはずなのですが、実際は、「働き方」の問題は無視され、

いかにコスト(労務費)を削減するか

ばかりを考えるようになってしまっています。ところで、このワークライフバランスの問題、①産業の構造的な問題と、②個人の価値観、生活スタイルの問題の両面から考える必要があるようです。したがって、次のような面からワークライフバランスについてちょっと考えてみたいと思います。

①産業の構造的な問題
②個人の生活スタイル、人生観
③ワークライフバランスは必要か





共感覚
 前回のエントリーで展示会にはしばらく行かないと言っていましたが、次の日に気持ちを入れ替えてもう一度行ってきました。

 関心をもったテーマは『共感覚』です。味覚は単独で食べ物の味を感じるのではなく、視覚や嗅覚の影響を受けながら、その食べ物の味を感じるというのです。たとえば、黒いパッケージのチョコレートは相対的に苦味を感じる。また、レモンの香りのついた塩水は酸っぱく感じるということです。このように、単独で感覚器官が働くのではなく、たがいに影響を及ぼしながら働くのでこれを共感覚と言います。
 
 この味覚と嗅覚の関係の研究あるいは嗅覚とおいしさの関係は今注目されているテーマのようですが、今後、味覚だけではなく、五官のすべての関係を研究して、いかに快適な生活を送るかということに関心がシフトしてくるのではないかと思いました。

 これに関連して思ったのが、NLP(神経言語プログラミング)です。NLPは、「神経」すなわち「五感」を介して認識された物事や記憶した体験が私たちの現在の行動に影響を与えているということを分析して、行動を組みなおすあるいは改善する心理プログラムです。NLPは結構今はやりのようですが、もうひとつ何か根本的なものを取り入れればもっと有効になるのではないでしょうか。小手先の技法や知識だけでは限界があるように思います。
展示会で疲れるのはなぜ
 久々にビッグサイトの展示会に行ってきました。今回の展示会は『食品素材/添加物展』です。今の仕事と直接関係はありませんが、「おいしさとは何か」というキーワードに関心を持っているので、行ってきました。

ビタミン
カルニチン
カテキン
コレステロール

栄養学の言葉があちこちにあふれていました。私は栄養学の知識に疎く、なかなか展示会の内容にフックがかかりません。歩いているうちに、疲れてしまいました。

 今まで、いろんな展示会に参加しましたが、いずれも疲れてしまって、会場を早めに後にしています。そのたびに、もう展示会は疲れるので行くのはやめようと思ってしまいます。今回は目的もあって、夕方までめいいっぱい見ようと期待して行ったのですが、やはり前回と同じでした。

 「展示会って疲れるよね。」今日会社を出る前に、取引先の社長から一声かけられたのを思い出しました。強いモチベーションがなければ疲れるのかもしれませんが、それ以外に何か展示会に疲れを与える要素があるということも考えれるのでは。

人が多い
照明が明るい
差し当たりのない会話


いろいろとありそうですが、私が思い当たるのが消化不良です。あまりにも多くの出展者を見ているうちに消化不良を起こしてしまうのです。どれもこれも目新しくすばらしく見えるが、実際に自分にとってメリットはあるのだろうか。

 展示会の達人に「展示会の歩き方」を教えてもらう必要があるようですが、私にはグーグル検索の方が向いているのかもしれません。次の展示会に行くのはちょっと先になりそうです。


マスクとリスク
 インフルエンザでマスクが品切れ状態になっています。私のいる会社は、食品を扱うのでマスクは業務上欠かすことのできないアイテムです。マスクの仕入れルートを持っているので、マスクを調達できない取引先何社からマスクを探してもらえないかと依頼を受けたほどです。

 それでも確保できたマスクはわずか。逆に、会社の業務で必要なマスクの量さえ確保が難しい状況です。このような事態になってくると、本来の業務にマスクが必要なのに、そのマスクを調達できないという皮肉が生じてしまいます。

ナイトの不確実性」という理論があります。ナイトはアメリカの経済学者でその著書『危険・不確実性および利潤』の中で、危険(リスク)と不確実性について述べています。

①危険(リスク)とは、予測できるもの
②不確実性とは、予測ができないもの


 今回の豚インフルエンザは、誰しもが予測していなかったという点で、不確実性要素が強いです。新種で、しかもメキシコで死者を出しているため、人々は得体の知れない恐怖と不安を抱きました。メーカーの在庫がこの不確実性に対応できなかったと言えばそれまでですが、「とにかくマスクをしなければ」という猛突な集団心理が、マスクの欠品に拍車を駆けたことは否定できないと思います。

私たちは正体がわかっているものに恐怖を感じ、分からないものに不安を感じる(フロイト)



不確実性に対する恐怖と不安は、人々に過剰な反応を促します。昨年のアメリカでの金融危機が招いた異常な円高も、この不確実性に対する恐怖と不安が大きく関わっています。金融危機という予測していなかった事態に、冷静に対処していれば、傷口を広げることはなかったはずです。不安は新たな不安を呼び、新たな問題を引き起こします。


それでは、不確実性に対する恐怖と不安の連鎖から逃れることはできないのでしょうか。不確実性自体については予測できないですが、恐怖と不安から起こす人々の行動パターンは予測可能だと思います。そういう意味で、不確実な出来事が引き起こす、人的2次災害は危険(リスク)です。

今回のマスクの欠品はリスクであり、避けることは可能であった

子供を持つこと
 前回の記事で、親としての人生を送ることができない人生は、3分の2の人生だと述べました。配偶者も子供も自分の自由になるものではないので、自分の所有物が増えるという意味ではありません。親としての人生を送る醍醐味は、親としての心を得るという一点につきると思います

 親としての心とはどのようなものでしょうか。深い許しの心。無条件に与える心。厳しさを遠慮なく与える心。この心を対象に注げば注ぐほど、心の軸は強まっていきます。そして、人格の背骨となっていくのです。この親としての心は、実は社会あるいは会社の組織においても重要です。

 普通、上司には30代に入ってからなることが多いですが、これは単に年功あるいは実績だけの問題ではないと思います。30代になれば、結婚をして子供もできます。すなわち、親になるはずです。会社の人間関係を家庭の人間関係の延長線上に考えれば、

①上司との関係は親、あるいは兄、姉との関係
②同僚との関係は兄弟姉妹との関係
③部下との関係は子供あるいは弟、妹の関係


になると思います。ここで、3つの関係のすべてに兄弟姉妹の関係が登場していますが、会社の人間関係の基本は兄弟姉妹の関係です。「人類みな兄弟姉妹」という言葉があるように、家族以外の人間関係は2親等を超えることはできないのです。しかし、兄弟姉妹の関係の強さは大きな幅があります。他人に対して、どれだけ本当の兄弟姉妹に対するのと同じような心を持つことができるかは、親としての心、子供としての心という垂直方向の心から派生して出てくるものだと思います。そういう意味において、上司は親としての心を持っているほうがいいのではないでしょうか。上司のほうが年齢が高いのは理にかなっていることだと言えます。

結論として、子供を持つことは自分の心を育てるために必要ということになります。

「自分の心が育たない限り、子供も育たない」という寛容な心を自然に学べてしまうのです。だからこそ、子供を早めに持つことは気づきや自己成長を促進できるのではないかと思います。(勝間和代『おきていることはすべて正しい』)

ですから、本来のリスク教育とは、家庭内教育の分野になります。やはり、普段の親の言動や、親がどのようにそのリスクをマネージしているのか、あるいはリスクとリターンの関係をどのように教えるのかということの蓄積になるのです。(勝間和代『会社に人生を預けるな』)

もし子供がいないなら、養子をとるのもひとつの方法だし、里親なども良いでしょう。アメリカでは、養子をとった人たちをよく見かけます。(中略)すべての人が自分の決めた価値観で生きているのが当然ですから、子供を持たないのも自由だし、独身コースも自由だけれども、それではさまざまな世代での情報に送れるという現象はどうしても避けられません。このことだけは、何とか別の方法で補うようにするのがいいのではないでしょうか。(大前研一『親が反対しても、子供はやる』)

子供の存在
 ここのところ、「家族を考える」カテゴリーのエントリーが多くなっています。会社のこと、経営のことなどを書きたいのですが、すべての問題の根源は「家族関係」にあると考えているので、どうしても家族の話になってしまいます。

家庭で人とのかかわり方が作られる
内面の問題が解決しない限り、外面の問題の根本解決はない

 前回の記事では、夫婦の関係を強調しましたが、子供との関係について少し。私は、人生には3つの人生があると思います。

①子供としての人生
②夫、妻としての人生
③親としての人生


 これら3つの人生は、誰しもが生まれながらにして平等に与えられたものです。お金持ちでなくても、この3つの人生を生きることは可能です。ただ、この3つは①から②、③へと段階順になっています。この世に生まれた人はまず①の人生を生きます。次に②ですが、この②のステップに進むことが難しくなっているのが現代です。その原因のひとつに格差の問題がありますが、格差は人生の3分の2を奪っていくという観点から、絶対に解決しなければならない問題であると思います。

 さて、話がずれましたが、子供を持つということは、③の人生を生きるということになります。逆に③のない人生は3分の2の人生だということになります。③の人生は②の人生の影響を大きく受けます。したがって、夫婦関係がよければ、自然に親子関係は良くなっていくものです。夫婦関係には細心が必要だが、子供との関係はそんなに心配するものではないと私は思っています

 それでも、子供との関係は重要です。そのことに関しては次回に書きます。


配偶者との関係
 先日、あるテレビ番組で、俳優の渡辺裕之さんの人生が取り上げられていました。渡辺さんの奥さんは女優の原日出子さんで、この夫婦はとても仲がよいそうです。渡辺さんは

奥さんに対して「ママ」あるいは「お母さん」と呼ばない
子供とではなく奥さんと手をつないで歩く

そうです。この番組の司会者は堀尾正明アナウンサーだったのですが、堀尾さんは渡辺さんとは正反対のようで、渡辺さんの話を聞いて、恥ずかしそうに思わず

日本では99.9%私(堀尾さん)と同じが常識

と断言していました。私はこの堀尾さんの反応を見て、テレビに出る人がこのような発言をしていることに対してちょっとがっかりしたものです。

 結婚して、子供ができれば、子供中心の生活になります。そうなると、ついつい夫婦の関係の間に子供が入るようになり、触れ合う機会が少なくなってしまいます。このこと自体はまったく悪いことではありませんが、いつのまにか夫婦間の心が疎遠になり、子供たちが大きくなると、妻や子供たちから「粗大ごみ」と冗談とも言えないような呼び方をされてしまうのが日本では普通のこととして通ってしまっています。

 これは明らかにおかしいことです。

私は渡辺さんのようにはできていませんが、堀尾さんの言う0.01%の人間になりたいと思います。
婚活と合コン②
 先回の記事で、婚活を就活になぞらえることは無責任であると述べました。その根拠は、この婚活という言葉がひとり歩きして、合コンビジネスの売り文句となってしまっているからです。婚活に参加してみたが、お金と時間だけがかかって成果が得れず、最終的には疲れてしまったという人も多く出てくるのではないかと思います。

 現在、非婚化、晩婚化、少子化の問題が深刻になっており、婚活はこれらの問題の解決策の一つとして社会的には善としてとらえられているようです。ただ、結婚そのものに対する各人の価値観が異なるために、婚活という言葉を表層的にとらえる人から、社会問題としてとらえる人まで、受け取り方は千差万別だと思います。つまり、婚活の一人歩きは、この結婚に対する価値観の多様性が原因なのです。

 婚活という言葉の発案者は中央大の山田昌弘教授ですが、以前、このブログで山田教授とジャーナリストの白河桃子氏の共著『婚活時代』(ディスカバー21)を取り上げたことがあります。このときは確か「少子化の解決策は」というテーマで取り上げましたが、この本を読んだとき、ある種のギャップを感じました。それは、山田教授と白河氏の結婚あるいは婚活に対するとらえ方の違いです。

①山田教授は家族という視点から
②白河氏は恋愛(男女関係)という視点から

後者の観点からのみ、結婚をとらえると、婚活は合コンもどきになる可能性があります。この観点のみだと、婚活は合コンの延長線上にしかすぎず、斬新性はなくなってしまいます。おそらく、非婚化、晩婚化、少子化問題の解決にはつながらないはずです。

 家族という観点を、結婚していない人は持ちにくいため、どうしても②の観点のみをもってしまいます。それは、自然な感情で、仕方のないことだと思います。したがって、社会的指導者や家庭を持っている先輩は、①という観点をもちながら、結婚していない人を結婚に導いてあげるようにしてあげる必要があるのではないかと思います。

婚活と合コン
 月9ドラマで『婚活』というドラマが放送されています。婚活という言葉は昨年の流行語のひとつになりましたが、このドラマを見ると、婚活と合コンとどう違うの?と思ってしまいます。

 私は、婚活も合コンもしたことがないので、偉そうなことはいえませんが、次のように解釈しています。

①合コンは婚活の一部
②婚活は本気。合コンは遊び。

ドラマの中で、婚活に参加した女性が非常勤職員の男性に向かって「私は遊びに来ているのじゃないのよ!」と叫ぶ言葉が上記のことを物語っています。参加する人の意識が両者では異なるのでしょうが、外から見ていると

弱肉強食のゲーム

にしか見えないというのが私の素直な感想です。

婚活という言葉は、もともと結婚するために必要な活動を就職活動になぞらえたものです。確かに、結婚するための最近の涙ぐましい(?)努力は、就職活動のように買手市場の中で自分を売り込む努力と似ているかもしれません。しかし、

結婚と就職はまったく異なるもの

つまり

婚活と就活は似て非なるもの

なのです。ここを安易に無視してこのような造語を作ったことに、ある種の軽率さ、無責任さを感じます。婚活しても勝つのは強者と業者のみで、それでは従来の結婚紹介業システムと合コンとなんら変わりありません。
ファミリーヴァリュー
 明石家さんまさんと大竹しのぶさんの長女IMALUさんが芸能界デビューを果たしたということでテレビで放送されていました。ここのところ、2世タレントが次々とデビューしていくのを目にする機会が多いと思うのですが、これはどのような意味を持つのでしょうか。

 2世の活躍は格差の時代の象徴か

当然ながら、親の優秀な遺伝子と、充実した教育環境を彼らは持っています。「東大へ入学する子の親も東大卒」というのと同じで、ここで必ず話題になるのが「格差」と「格差固定」の問題です。ところが、よく考えてみると、彼らはチャンスを捉えただけで何の非難も受ける立場にはありません。それでも持たざるもののやっかみが生じてしまうのは避けられないようです。

 ファミリーヴァリューの時代

持たざる者は、2世の活躍に対して謙虚に学ぶ姿勢が必要です。彼らは自分の力だけで成功したわけではありません。家族の力があってこその成功です。すなわち、彼らの成功は彼らだけのものではなく、両親をはじめその家族の成功でもあるのです。プライベートヴァリューの背後にファミリーヴァリューがあるのです。2世の活躍は、自分のことでせいいいっぱいと感じていても、それ以上に家族のことを考えてみるいい機会なのではないかと思うのです。

 逆の言い方をすれば、保守的に感じるかもしれませんが、プライベートヴァリューの時代からファミリーヴァリューの時代に価値観がシフトしていく象徴的な現象であると捉えることもできるのではないでしょうか。

 少子化、晩婚化、離婚の問題は、ファミリーヴァリューという一見古臭いようで、実は新しい価値観を持つことによって、今よりも解決していくのではないかと2世の活躍を見ながら感じました。
後回し行動
大阪大学の池田教授は、肥満と負債には相関関係がある、つまり太っている人ほど、借金が多いという調査結果を発表しています。そして、この原因として「後回し」意識が大きな原因になっていると指摘します。

後回し行動とは

将来の利益よりも、目の前の利益を優先する

ことです。後回し行動の弊害は身近なところでみることができます。国の借金800兆円超、中毒財(たばこ、お酒)による健康被害などは、その最たる例と言えます。

 なぜ後回し行動が起きるのか

それは、ありのままの自分を受け入れることができないからではないかと私は思っています。今の自分をまっすぐ受け入れることができないと、今を浪費してしまうことになります。

今の自分が不満のため、手に入れやすい手段によって不満を一時的に消し去ろうとする

職場での肥満について。収入があり、仕事で成果を出していても、肥満になっていく人がいます。こういう人は要注意だと思います。「なぜなら心が枯渇しているから」です。つまり、こういう人にとって、既存の収入や仕事の成果、ポストは手に入れやすい手段以外のなにものでもないのです。それでも不満なので、肥満になっていくと考えられます。

この不満の根本的な解決は避けてはいけません。この解決には勇気と孤独に耐える力が必要です。
フリーライダー
 学校の給食費を払わない親が増えているようです。私の近所の学校でもそのことが問題になっています。よく聞いてみると、給食費を払わない人は

①支払い能力のない人
②支払い能力があるのに払わない人


の2種類があるようですが、実際には後者の方が多いのではないかと思います。

 ある知り合いのお母さんがこのように言っていました。

「給食費を払わない人が給食サービスを受けることができるなんて、まじめに払っているのが馬鹿らしくなる。だったら私も払わない。」

 フリーライダー(ただ乗り行為)はモラルの低下を招いてしまいます。経済的合理性を考えれば、このモラルの低下を一概に悪いとは言えないのが難しいところです。

 フリーライダーが僅かのときは、全体への悪影響は少ないですが、ある一定の数になると、次々と新しいフリーライダーを生み出すようになります。特に日本人はこの傾向が強いといわれています。フリーライダーへの対策が必要だと思います。

IMGP1432.jpg


多数派と少数派
 今日は5月4日ですが、会社は通常営業です。生鮮を扱っていると、世の中と同じような動きはできないものです。朝出勤するとき、ディズニーランドへ向かう車の長蛇を見ました。GWのディズニーランドは大変だと思いますが、それでも多くの人がディズニーランドへと向かいます。

 選択のメカニズム

混雑するのがわかっていても、ディズニーランドに行くのはなぜでしょうか。それは、ディズニーランドに行くことが、数多くある選択肢の中で、効用が一番大きい、すなわち、経済的合理性があると判断したためであると思います。

とりあえず行くことで、子供が納得するから
やはり、GWなのでそれらしいところに行かなければ


ようは混雑して疲れること以上のメリットがその人にとってあるからディズニーランドに行くという選択をするのです。ただ、その中で大前提の条件があります。それは、ディズニーランドは善(いいところ)であるという価値観です。

ディズニーランドは誰しもが憧れる場所→ディズニーランドに行くことは善である

この心理には、多数派の安心感というものが働いています。「みんなが行っているから」「みんながいいと言うから」多少の不安や不満をこの多数派の安心感で解消することによって、自分の選択に納得しようとするのです。もちろん、混雑してもとにかくディズニーランドはいいという熱烈なディズニーファンや、GWにはじめてディズニーランドを訪れる人もいるので、上記のようなとらえ方は極端かも知れませんが、このような傾向は少なからずあるのではないかと思います。



 それでは、次のような常識はどうでしょうか?

GWは思いっきり消費者として楽しむものである

 GWは官公庁、学校を始め、多くの会社も休みをとります。詳しい統計データをとったわけではありませんが、私のようにGWに働く者は少数派になると思います。メディアや小売・サービス業はGW特集のような企画を立ち上げるので、やはりGWは休むものというのが、多数派であり、常識であることは間違いないでしょう。ここでは次のような構図が成り立ちます。

多数派(消費者)→お金→少数派(サービス業者、小売業者、間接的にはそこで働く人)

GWは少数派にとって、消費する期間ではなく、稼ぐ期間、働く期間であるということになります。「多数派が休んでいる時に働くというマインド」はいかなるものでしょうか?ここで「休み」に関しての少数派のメリットとデメリットを考えてみます。

メリット  平日に官公庁、銀行や病院などのサービスを受けることができる
       観光地などで混雑を避けることが出来る

デメリット 土日、祝日などのイベントに参加できない
        子供(家族)がいると、休日のスケジュールが合わない

メリットとデメリット、どちらが大きいか人それぞれだと思いますが、感情的にはどうでしょうか。私の独断ですが、「さびしさ」という感情の面では少数派の方が大きいのではないでしょうか。

当たり前のように組まれる多数派向けの特集
休日を満喫する家族連れ、恋人たちの笑顔


当然ながら、多数派の人も、少数派の人も、自分のまわりの環境(社会)で目立つのは、多数派の人の姿です。多数派の安心感は多数派、少数派の人共に感じるのが人間としての自然な感情ではないかと思います。逆に、少数派は不安感、孤独感を感じることになります。ただ、これは相対的なものであり、少数派の行動が多数派の行動に変われば、少数派の不安や孤独はなくなります。このことは、人間は環境から少なからず影響を受けることを物語っています。


 さて、話が長くなりましたが、最後に少数派としてどうすればいいのかについてまとめてみました。

独断的少数派の心得
①少数派は主体的な生き方を貫くべきである
②少数派は孤独に打ち勝つべし
③少数派は最終的には多数派の人が得難い成果を得ることができるという自信を持つべし













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