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やっちゃば士の経営を楽しむブログ
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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「働く」と自己
 やまいもさんのブログ『大人の人生はおもしろいか』の「仕事とエゴ」というエントリーに啓発されて記事を書きます。やまいもさんはこの記事の中で経済評論家、山崎元氏のブログでの発言を取り上げています。

 「日本社会は働くことが人々のアイデンティティーになり過ぎている」という指摘は正しい。失業の際の喪失感が異様に大きいし、仕事を失うと自分を失ったように思うことが多いというのもその通りだろう。付け加えると、世間も、失業者・無業者に厳しい。こうした社会的な価値観は解毒する必要がある。働くことは大切なことかも知れないが、本人は好きで働いているのだから殊更に立派なことではないし、働かずに食えるなら、それはそれで大したものであって、他人がとやかく言うべきものではない。(『王様の耳はロバの耳』より)

 このことから、日本人の自殺率の問題や勤勉さの特質といったものを連想しますが、

「働くこと」=日本人のアイデンティティ

という観念はどこから生じてきたのでしょうか。勤勉が美徳とされるのは、むしろ西洋のプロテスタンティズムにおいてのほうが、はっきりしています。キリスト教においては原罪という日本にはない概念があります。

原罪とは神から離れてしまった状態

 神に帰るためには労働が必要であるとしたのがプロテスタント(特にカルヴァン派)の考え方です。ここで重要になるのは、労働はあくまで個人と神の間で生じる義務であることです。したがって、労働は神とつながるための手段に過ぎないということになります。そして、他人との関係は神を親とする兄弟姉妹の関係であるということです。相互扶助の精神の背後には、この揺るぎない論理があります。ここにはしっかりとした個人主義と兄弟主義が神を媒介として確立しています。

 日本には、キリスト教の言うところの神が存在しません。神との関係性がないため、ふらふらとした個人主義になってしまいます。このふらふら感は不安定な状態で、他者との関係性の中で安定を図ってきました。つまり絶対的な理念の根拠、よりどころがないのです。したがって、相互扶助の拠り所も、情緒的な良心です。また不安が大きくなると、集団主義の安定に頼ろうとしやすいです。

 このように揺れるアイデンティティを安定させるために、周囲との共通価値観である「働く」=「職業」を自ら第1のアイデンティティとするのではないでしょうか。また、兄弟姉妹という概念がないために、「助けてもらうこと」を恥とする意識が強いのではないかと思います。

 上記のようなことがすべてだとは言いませんが、日本人の仕事とアイデンティティの関係に少なからず影響しているのではと考えています。

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