やっちゃば士の経営を楽しむブログ
やっちゃばに勤務するサラリーマンのブログです。
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やっちゃばの士

Author:やっちゃばの士
井上敬裕
1972年生まれ
千葉県浦安市在住
岡山県出身
血液型O型
家族;妻、長女、二女、三女
趣味;クラッシック音楽鑑賞

とある青果会社の管理職をしています。

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勝間さんの『やればできる』に思う
 久々に書店を訪れた際に、目に留まったのが勝間さんの新しい本である『やればできる』。紹介文に、「香山リカさんの『しがみつかない生き方』に対する反論として」という言葉があったので、思わず買ってしまいました。ここのところの勝間さんの著書は、結構マンネリ化しているように思えるところがあり、私はあまり魅力を感じなくなってきています。

 
 自らの成功パターンを分析→一般化→文書化→書籍


というのが勝間さんの著書のほとんどのパターンです。この方程式にはある前提が存在します。


 勝間さんは成功者である


という前提です。もともと、世の中には数多くの成功本が存在します。ただ成功者の成功本は1冊が限度ではないかと私は思います。2冊目、3冊目と同じような成功本を出したところで、飽きてしまうからです。それ以上の成功本を出しても飽きられないのは、著者の分析力(視点の多様さ)が豊富な場合です。

 勝間さんは経営コンサルタントなので、ある存在、事象に対して、さまざまな観点から分析する力に長けています。彼女の言葉でいえば、「フレームワーク」力です。このフレームワーク力を使って、何通りもの著書を生みだすことができるのです。ただ、最終的には


勝間和代は成功者。勝間和代は正しい。


という結論に辿りつくのです。登山に例えると、勝間山(さん)という山の頂上に登る道が幾通りにもあるようなものです。どのような道を登っても、最終的には勝間さんという絶対的な存在に行きつくようになっているのです。おそらく、彼女に批判的な人はこの結論のあつかましさ、しつこさが嫌なのだと思います。


起きていることはすべて正しい』は、勝間さんの特徴が最もよく表れた代表作だと思います。そして、このタイトルは勝間さんの考え方の本質をつく非常に象徴的なタイトルです。


シングルマザーが成功していくまでの軌跡はすべて正しい


香山リカさんに対する反論という反応を見てみると「いかに自分が正しいか」と主張することに対するこだわりが見え、彼女の心の根底に強烈な劣等感のようなものがあるように思ってしまうのです。


シングルマザーになって貧乏になるリスクよりもシングルマザーになるリスクの方を心配しよう


「とんがればとんがるほど」幸せから遠ざかっていくのではないでしょうか。書籍やメディアの中で、ますます「とんがり」続ける戦略をとる彼女の心に、距離を置こうとする人が出てきても不思議ではありません。

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お歳暮の峠を越えて
 12月も半ばを過ぎました。前半は果物のお歳暮ギフトでとても忙しくしていました。不況とはいえ、多くの人がお歳暮を贈るものなんだということを改めて実感しました。私の会社は、デパート、スーパーのギフトを扱っていますが、デパートの落ち込みは大きく、スーパーも昨年より減っています。ただ、リーズナブルな価格帯の商品は逆に数量が増えているものもあり、「安くてもいいから何か贈り物を」という贈り手の心の内が読めるような気がします。

 さて、青果物のギフトを扱っていると、必ず傷み、クサレなどのクレームが発生します。青果物は傷みやすいので、宅配便が届いてからすぐに開封しなかった場合、ロスが発生する確率は高いです。したがって、価格もある程度ロスを見込んだものにしなければなりません。また、クレームが悪意によって起こる可能性もあります。商品がどのような状態になっているのかは、お客さんのみぞ知るというのが、ギフトの宿命です。


リンゴが1個腐っているだけで再出荷。リンゴが12個セットだった場合、11個はタダで得ることになる


ギフトというビジネスが成り立つためには、


善意と信用


という前提が必要です。情報の非対称性を埋めることのできるものは、信用しかないのです。青果物のギフトビジネスが成り立つということは、善意と信用がある社会であるということもできます。

 先日、つかの間の休日、ディズニーシーへ行ってきました。ここのビジネスも善意と信用によって成り立っていると言えます。また、誰もが善意と信用を取り戻す雰囲気を持っているので、正のスパイラルが起こってますます気持ち良くなるのがディズニーリゾートの大きな魅力であると思います。

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結婚と離婚
 芸能ニュースを見ていて、一番話題として取り上げられるのが、結婚、離婚の記事です。華やかに結婚したものの、何年もたたないうちに離婚という結末を迎えることがあまりにも多いような気がします。


安易に結婚して離婚する


モデルは、彼らが望んだことにないにせよ、一般人に影響を少なからず与えるものです。芸能人は公人であり、マスメディアに出るということは極めて責任が重いということになります。個人の自由ですまされない立場が公人の立場です。ある民主党女性新人議員の過去の職歴が問題になりましたが、これも公人の品性に引っかかる問題と言えます。


さて、芸能人同士ならば、それぞれの所得も多く、話題を振りまいただけで済む問題かもしれませんが、これが一般人なら、そのようには行かないでしょう。


家族の問題はすべて結婚から始まる


といっていいと思います。父親と母親の出会いが私という人格を作り、父親と母親によって作られた私という人格が、まったく違う人格と出会うのが結婚です。合わないのが当たり前です。


いかに合していくか


譲り合うことは、我慢のように見えますが、前に出るべき時に大きな力となって返ってくるものです。この大きな力はすぐには見えないので、多くの人がその大きな力を感じる前に挫折してしまうのです。「結婚は束縛」だと考える人は夫婦の生活の醍醐味を知らない人であるとも言えます。


ちょっと偉そうなことを言いましたが、芸能界の結婚、離婚報道があまりにも殺伐としていて、若い人たちの未婚化、非婚化に拍車をかけているのではないかと思う今日です。
激安スーパーの裏側
 夕方の生活バラエティ番組などで何度か紹介されたことのある大阪の激安スーパーの社員が長時間労働により過労死するという事件が生じました。このスーパーでは、月120時間を超える長時間労働が常態となっていたようです。中小企業のスーパーマーケットの労働は、朝早くから夜遅くまで、また休みもほとんどないため、一般的にとてもハードです。給料も労働時間に見合わないというのが現実です。そういったスーパーで大安売りをするということ自体、どこかに大きな負荷をかけない限りは不可能なことだと思います。

 大安売りの背景には必ず犠牲がある

①社員に負荷をかける
長時間労働
サービス残業
労働の負荷に見合わない低賃金

②業者に負荷をかける
赤字での供給
言われなきクレーム
店の手伝い、商品の付属品(サービス)の無償要求

③商品品質に負荷をかける
賞味期限切れ品の使い回し販売
衛生管理のできていない商品の販売
B級品の販売(原価はほぼタダ)


価格で勝負するためには、規模の経済性と範囲の経済性が必要です。小売店の場合は特に規模の経済性が重要です。小売店が新店舗を出し続ける根拠の一つが、この規模の経済性を生かした経営戦略です。ただ、この規模の経済性の効果は「激安」というレベルを満たすことは不可能です。「激安」の背景にあるのは合理性ではなく、非合理性です。


「激安」は経営戦略上「強み」ではなく「リスク」である


マネジメント限界の法則
 マネジメント限界の法則というのがあります。1人の上司がコントロールできる部下の人数には限界があるというのが、この法則の意味するところで、誰しもが納得するものだと思いますが、ドラッカーはこの法則を『マネジメント』で否定しています。


部下が何人いるかが問題ではない。重要なのは、人間の数ではなく関係の数である。部下との関係は、マネージャーの扱う関係のひとつにすぎない。」


関係を結ぶということは、関心を示すことだと思います。関心から情緒が生まれます。情緒は協力と信頼を生みます。


無知、無関心からは何の情緒も生まれない


ということを肝に銘じたいと思います。
ジュリアン・ソレル症候群
 ここのところ、青年の殺傷事件が多いように感じます。1990年代は、青年よりも少年の犯罪のほうが多くあったような記憶があります。少年の犯罪は、親とのかかわり方が重要な影響を及ぼしていると私は考えますが、最近の青年の犯罪は、親とのかかわり方以上に、社会とのかかわり方が大きな影響を及ぼしているように考えます。


 格差の壁に絶望する若者


 私は、こういった青年たちの心の中をのぞいてみると、フランスの小説家スタンダールの代表作である『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレルという自尊心の高い青年の姿と重なって見えます。『赤と黒』は今ではあまり取り上げられないように感じますが、高校生のころ読んだものの中で、ゲーテの『若きウェルテルの恋』とともにもっとも興奮した古典文学でした。


 小説の舞台は革命前のフランス。貧しいきこりの息子であるジュリアンは、ナポレオンを崇拝する自尊心と野心に満ちた少年で、その美貌と才能により、出世していきます。やがて、町の有力者の婦人と不倫関係になりますが、それがばれて、婦人が自分の見方になってくれないとわかると、その婦人に対して殺意を抱くようになります。彼はあくまでも貧しいきこりの息子であり、身分社会では何のバックボーンもない孤独な存在です。自分の才能が身分社会の壁に対して全く無力であるということがわかり、彼の高い自尊心は支えを失って、暴走します。


 私はこの青年の姿と、神童から凡人、脱落者へと失速していく現代の青年の姿が重なって見えます。つまり、小学校では成績もトップだったが、中学、高校、大学、社会人と、上のレベルのものに追い超され、過剰な自尊心だけが残っている青年たちの心です。


俺はもっと本当はできるんだ。評価されるべき存在だ。


 こういった心自体は悪いものではありませんが、閉塞した人間関係の中では、この心が暴走していく危険性があります。彼の良さを認めてあげる、受け入れてあげる存在が必要です。親でも友達でも、彼女でもいい。最後のフックを失った彼にとって、格差社会は底なしの絶望社会と映るでしょう。自尊心は支えを喪ってしまうからです。

赤と黒




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